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2008/11/01

アスファルトを1枚めくると

Walkingposter 昔、「はっぴいえんど」というバンドがあって、「風をあつめて」という曲についていたナレーションだったと思うが、「アスファルトを1枚めくる」という表現が使われていた。これで街のイメージがまるで違って見えるようになって、印象深かった。

きょうは午前中に、神奈川学習センターでお願いしている面接授業のために、海岸通にある「開港資料館」へ打ち合わせに行き、ペリーの「玉楠の木」や英国公使館の執事室などを拝見して、すっかり気分は、「アスファルトの下」にひそんだ気持ちになって、興奮状態になっていた。

早々に、神奈川学習センターへ引き返して、11月22日(土)に迫ってきた「水路を歩く、南区150人ウォーキング」(上に掲げたポスター参照)の下見に出かけた。リーダーのFさんをはじめとして、Iさん、Hさん、Nさん、Tさん、Sさん、総勢14名ほどで、12時に出発した。

秋の澄んだ空がまぶしく、紅葉も最盛期で、またとないウォーキング日よりだ。本番にとっておきたいくらいだった。このウォーキングはまさに「アスファルトめくり」であって、知られざる名所旧跡が盛りだくさんである。

Toiret_2日ごろ見慣れた建物や風景などについて、なぜそこにあるのか、考え始めると時間を超越した不思議な気分になってくる。街全体が異次元のところへ浮き上がってしまい、別のレイヤーに乗った街が立ち上がるのを観るかのようだ。

なにはともあれ、神奈川学習センターがある弘明寺の街からスタートだ。寺に行くまでの間にも、じつは鎌倉街道に出てすぐのところなのだが、家に埋もれた公衆トイレがあって別の世界があるのではと思っていた。公園があるわけでもないのに、なぜ人家の間に突然公衆トイレが出現するのか、不思議だった。Fさんが調べたところでは、弘明寺に路面電車が走っていた頃の名残で、終点近くにこの公衆トイレが設置されたのだということだ。なるほど。

Gumyouji_3 弘明寺観音は、坂東札所33箇所めぐりのコースに入っていて、鎌倉時代から変わらずに、観音信仰を支えていて、時代を反映している。周辺は激変したのだが、寺自体は意外に変わっていない。「江戸名所図会」などにも載っているので、それを観ても、当時の道筋はそのまま残されていて、たいへん興味深い。

Enma_2 ここで、クイズです。弘明寺が誇る重要文化財の観音様は、「○○面観音像」である。○○に数字を入れてください。(この写真が観音様に見えた方は問題です。これは、閻魔大王です。)

弘明寺のとなり駅にある、井土ヶ谷も、風雲急を告げる幕末の事件が起こったところである。生麦事件と同様、外国人が襲われた。フランス士官殺傷事件が、井土ヶ谷で起こったのだ。生麦事件と違って、こちらの犯人は捕まらなかったらしい。そこで、国際問題に発展し、軍隊が横浜に駐留する口実に使われてしまった。

Suidoubashi でも、なぜ当時田舎だった井土ヶ谷へ、フランス士官がやってきたのだろうか。そしてまた、なぜ犯人とされる浪人体とした人物がたまたまここにいたのだろうか。当時、こんな田舎で、外国人と攘夷派の浪人が居合わせるというのは、ほんとうに考えにくい、と空想は広がっていく。

ここで、クイズ2です。江戸時代から治水・埋め立てが行われた「吉田新田」の最先端にある境界線では、何川と何川が分岐していますか。この2つの川の名前は、何ですか。今回のウォーキングのテーマのひとつです。

Urafune 現在の横浜の中核は、「吉田新田」に築かれているが、なぜこの広大な埋め立てが人為的に行われたのか、ということも、現在になって考えてみると、たいへん興味深い。ほとんどが、民間主導で行われたことも、不思議な気がする。(写真のオレンジ色の橋は、ピンで鉄が結合された鉄橋では、日本最古のものだという。そういえば、英国で18世紀に造られ始めた鉄橋は、ピン結合だったな。)

Sekken 先日の二宮尊徳もそうなのだが、自ら進んで公共の福祉に貢献しようとする意欲がたいへん高い人たちが、幕末に出たことが、日本の近代を前へ進めたことは間違いない。横浜の近代は、そのあと回った水道の史跡や、日本で最初の石鹸工場跡をみても、今日の意欲の無い日本人とは比べようの無い、無限の活動力をもった人たちが、横浜に集結していたことがわかる。(この石鹸工場については、午前に伺った開港資料館の機関紙「開港のひろば100号」に詳しい探査記事が載っている。)

Suijun1ここで、クイズ3です。ウォーキング途中に通る「共進橋」「共進町」「共進中学校」などの共進というのは、大正時代に行われた、あるイベントに基づいています。それは、どのようなイベントだったでしょう。

なんとなく横浜らしいな、と思ったのは、内務省地理寮が明治初期に測量のために設けた「水準点」である。「不」の字が彫られている英国式の測量で使われたらしい。どこが横浜的なのかといえば、一番最初に設けられたのであるが、そののち全国に広がっていく、その礎になっているという点である。つまりは、横浜から入って、横浜を通過していく、それが横浜流なのだ。

Suijun ここでクイズ4です。この水準点は坂道の両側に、英国式とドイツ式とがあるが、ドイツ式の水準点には、どのような文字が刻まれていますか。(これは、現地に行かないとわからないだろう。脇に掲げられている説明文にも、記載がない。当日、ぜひ確かめてみてください。この写真は、英国式の水準点。)

このあと、活気のある「よこはまばし」商店街を抜けて、ちょっと横道を入ったところにある、大鷲神社によって、かつての遊郭が集中していた「真金町」を通って、解散場所である大通り公園へ出る。

ここでクイズ5です。「よこはまばし商店街」の川との接点にある「演芸場」は、何という名前でしょうか。

Ootori 下見も無事終了し、のどが渇いたので、みんな一緒に、公園に面したジャズ喫茶「GIG」で、今日最後のコーヒー。リンゴのタルトと、かぼちゃのケーキを頬張りながら。松坂屋が撤退したあとも賑やかな伊勢佐木町をぶらりと歩きながら家路につく。

Isezaki ということだが、これ以外にも、全部で見所は40箇所近い、Fさんが丹精こめて造ったマップと資料が完成し、準備万端という状態である。

あとは、ひとりでも多くのかたに参加していただくことを祈るのみである。放送大学本部の倉庫から、放送大学印のプレゼント品をセンター所長が調達してきている。参加したひとには、記念品として配られる。また、横浜国大のM先生にウォーキングの歩き方についてのお話もお願いしてあるので、健康にたいへん良いウォーキングになること請け合いである。

上で出したクイズの答えは、当日参加すれば、たちどころにわかることだろう。22日の一日、一緒に歴史散歩を楽しみませんか。

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コメント

坂井先生

先生のブログを始めて拝見させて頂きました。これから秋の夜長を楽しめそうです。
水路を歩く、というウオーキング下見は素晴らしい日和で充実した内容でしたね。石橋さんが、この企画をサークルの掲示板に紹介がてら、先生のブログも載せて下さったのです。今まで知らなかったなんて、私は何てうっかり者だったのでしょう。バックナンバーも徐々に読ませて頂き、私のささやかな知識の糧にしたいと思っています。よろしくお願い致します。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。