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2008/10/11

論文提出最後の1ヶ月

半分のゼミ生は、これから論文作成の個別指導に切り替わるために、集団ゼミナールは、ほぼ今日で終了する。そこで、いつも行く東京文京学習センター近くの「播磨坂」のイタリアン料理の店で、卒論生とランチを食べる。

野菜サラダ、魚のスパゲッティ、生ハムと卵のピザ、トマトソースとバジリコのピザなどを取るが、盛りだくさんで、さらにデザートに桃のババロアなども出て、ボリュームあるランチとなった。

話題になったのは、趣味の問題で、卒論生のHさんは、かなり余裕があるらしく、明日には信州黒姫にあるMさんという童話作家の朗読会に参加するのだそうだ。ご自身でも、童話をお造りになっているのではないかと想像される。放送大学生の趣味は、聴いていくと留まるところをしらないところがある。そして、おしゃべりをしていると、時間の経つのを忘れてしまう。あわてて、午後のゼミナールへ駆けつける。

自分の論文を書いているときには、あまり意識したことがなかったけれども、学部の卒業論文や大学院の修士論文の研究指導を行っていると、自分では気がつかない注意点が意外に忘れ去られていていることがわかる。それは、周りの人から見ると、ほんのケアレスと写るようなことなのだが、本人はそのことに気がつかないのである。

たとえば、ひとつの文脈があり、もうひとつの文脈が別にある。このとき、論文を書いていると、自分のなかでは、それらは当然結び付けられて、書かれているものと思い込んでいるのだが、周りから見ると、必ずしもそれは自明の結びつきではない場合があるのだ。それは、単に接続詞で結合してしまえば良い、ということでもない。

文脈と文脈の繋ぎ方には、相当の工夫が必要だ、ということを自覚するようになったのは、何時からなのだろうか。たぶん、読み手を意識するようになったときだから、すくなくともわたしの文章が読んでもらえるようになったころだと思われる。

今日は、学部の卒論にとっては、最後のゼミナールに当たる。また、修士過程2年めの方々も、2ヶ月前ということになるから、そろそろ読み手を意識した原稿を仕上げなければならない段階に入ってきていると思われる。

最後の仕上げ段階で、急速に良い論文に磨き上げられていくプロセスに入るのだ。やっぱり、この職業をやっていて良かったな、と思えるのは、このプロセスが一番だと思われる。課題を持ち、題材を集め、メモを作成してきて、これらが最終段階に入って、熟成していくところが、論文作成の醍醐味ではないかと思われる。

今年は、この仕込からどのような論文が立ち上がってくるのか、この1,2ヶ月のやり取りが楽しみである。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。