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2008/07/18

透明ということ

家に帰ると、宮崎駿監督の「となりのトトロ」をテレビでやっていて、「猫バス」が走っていた。どこかで見たことあるな、と思っていたら、今日国立博物館で「対決:巨匠たちの日本美術」展のなかで展示されていた江戸時代の画家芦雪の「虎図襖」(和歌山「無量寺」)を思い出した。いまにも跳びかかりそうな襖絵と、空を翔る猫バスのダイナミックさが似ていた。

http://storage.kanshin.com/free/img_30/304551/k2082161450.jpg

080718_174802_2この「対決展」の面白さは、もちろん絵の比較が問題になるのではあるが、けれども、絵そのものが問題になるのではないところにある。描き方がぐっと前に出てくるのだ。同じ時代の似た作者が制作しても、同じ名前の「地蔵菩薩像」であっても、対比の妙で、「運慶」のものがすごいのだ。

雪舟の絵については山水図などで観ていて、枯れたものだと思い込んでいたが、その枯れているはずの「梅下寿老図」に描かれている、梅の木のしたにいる老人の目がらんらんと輝いているのはなぜだろうか。こんなにも、あくの強い絵だとは、本物を観るまではわからなかった。写真では、まったくわからないのが、残念だが。「四季花鳥図屏風」に描かれた緻密な「鶴」と荒々しい「大木の風景」は、現代美術として並べられても、遜色ない、普遍的な何かを映し出している。筆使いは粗っぽいのだが、それが幸いして、力強さと線の太さが前面に出てきている。

http://www.tnm.go.jp/gallery/material/film/images/frjf_pub/tmb00258/frjf1024/c0021852.jpg

その作者の他の作品も観たいと感じさせたのは、乾山「銹絵槍梅香合」「色絵紅葉図透彫反鉢」で、この作風が何百年も続いた理由になっていると感じた。

http://image.blog.livedoor.jp/sai_livedoor/imgs/4/3/43b2f324.jpg

新聞に批評が載っていた「永徳VS等伯」は、これらのなかでも、もっとも対称的な描法を明らかにしている。永徳「檜図屏風」「花鳥図襖」のダイナミックで筆太な存在感に対して、静かで透明な等伯の「松林図屏風」は同時代とは思われない好対照を見せている。

http://artgene.blog.ocn.ne.jp/images/autumn_18.jpg
http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekly/2007/1021/images/photo01.jpg
http://waretadataruwosiru.txt-nifty.com/photos/uncategorized/2008/01/03/c0028016_x1.jpg

松林の2,3本は、見えているのだが、じつはこの余白のところはすべて、見えない松林が存在するかのような、透明な存在を予想させる。この点では、時代を超えたリアリティがある。

国立博物館へ回る前に、幕張で重要な会議があった。重要であるということは、緊張するということであり、同時に疲れたということだ。この疲労感を回復させるためには、身体ばかりでなく精神の保養をするほかない。

080718_164201_2 じつは、「透明性こそ、現代の特徴である」ということを描いている、(と、わたしには思われた)展覧会が催されているというので、日本橋馬喰町にあるギャラリー「Radi-um」(株)レントゲンベルケを、ここへ来る前に回って来たのだ。藤芳あい「flower under flower」展である。

http://www.roentgenwerke.com/の中に、今回の展示写真、ギャラリー・アーティストとして、「藤芳あい」の紹介などが載っている。

最近ようやく、美というものに目覚めてきたばかりのわたしには、理解できないところもあるのだが、共通しているのは、透明な描き方であり、透明の向こう側にほのかに何かが存在する、ということだ。それが何んであるのかはわからないが、それを想像するきっかけを与えてくれている点で、これらの作品は、見えないものをぐっと前面に提示する。

そして、きれいでシンプルであることが、2006年作の「Swimming Pool」からずっと受け継がれ、追究されてきている。

080718_164202 僭越ではあるが、もうすこしこちらの観点に近づいてきたら、ぜひ取材させていただきたいなと考えたしだいである。

それにしても、このギャラリーの入り口は、アファーダンスの極度に制限されたドアなので、手垢の付いたところがなかったら、入れなかったかもしれない。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。