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2008/07/23

多面性と崩壊

夕べから朝にかけて、急ぎの仕事をこなした。一日の配分からすれば、朝は自分の仕事を行い、午後に大学の仕事を行うことにしていたのだが、今日は先に大学の仕事が入ってしまい、逆転してしまった。

それでと言うわけでもないのだが、お昼ごろには仕事は失速状態になり、とうに頭の中が崩壊寸前であるのが、さらに暑さも加わって、輪をかけて駄目になってしまった。自分自身の崩壊モデルをたどることがわかったので、もはやこれまで、ということになった。

そこで午後の早い時間に、千葉からの帰り道、先日開拓した渋谷ルートをたどって、帰宅することにする。渋谷へ寄っても、電車賃は200円くらい違うだけなのだ。Bunkamuraの美術館で、「ロシア・アヴァンギャルド」モスクワ市近代美術館所蔵展が開催されている。

出品数はそれほど多くはないが、それだけでも観たいと思わせる何枚かの絵があり、今日のドロップアウトは大正解であった。まず、会場に入ると、カンディンスキーの「海景」1902年が目に入る。抽象絵画に入っていく前の、しかし完全に具象というわけではない境界線上の作品で、絵の具を削る画法だけで、海の風景がこんなにも描けてしまう不思議さを堪能する。ここから抽象画まで、どのような飛躍を行ったのか。この絵を見ていると、まったく異なる側面からの接近を行ったように思える。

キュビスムの系譜が今回の展覧会では見応えがあった。とくに、マレーヴィチを中心とする脈絡はたいへん興味深いものだった。

この時期、なぜロシアにアヴァンギャルド、キュビスムが流行ったのか。それは、政治的な革命と、革命後の理想的新生活における、芸術家の表現とが構成されたからである。革新的な日常生活が求められたからだろう、と一般には考えれているが、社会の変化のなかでの伝統が破壊され、無秩序状態を埋めようとしたのか、もっと進んで、日常生活のなかでも、秩序を求めようとしたからのか。つまりは、社会変化の辺境にあり、活動が活発になったということだ。

そのなかで、シャガールがキュビスムの系譜の中にあることは、たいへん納得がいく事態だと思われた。シャガール「ヴァイオリン弾き」1917年は素晴らしい1枚だ。隣の「家族」にも共通しているのだが、多面的な場面に解離され、再び結晶体のごとくに結合されている。ブルーの結晶体は綺麗だったと同時に、現実が分離され、崩壊へとたどっていくことを暗示させていた。

キュビスムは、複数の視点から対象を見て再構成することで革新的な方法となった。芸術の表現様式であると同時に、見方をかえれば、心理学上の解離現象の症例を表示しているようにも思える。人格の多重性や、風景の多面性に分離されて現れてくるのだ。

わたしには、それは「秩序」であるというよりは、「崩壊」に近いものに観える。マリューティンの「タバコを吸う人物」では、すでに人物は背景のなかに溶けはじめている。

Bunkamuraの向かいのビルでは、映画「純喫茶磯辺」を上映していた。じつはこの映画こそ、先ほどから話題としている「崩壊」の物語そのものである。父親が喫茶店を作り、それが失敗するまでの、高校生「咲子」の物語を描いている。

http://www.isobe-movie.com/(オフィシャルサイト)

おそらく、日本のこれからは、「構築」よりは圧倒的な「崩壊」が支配する世の中になることは間違いない。建物ばかりでなく、企業や家族などの組織が崩れていくのである。

この中で、制度の浮沈によって個人が引きずられてきたのが、これまでの日本人の状態だった。これからは崩壊が当たり前の世界になるのだから、むしろ崩壊に強い個人が出てこなければならない、というメッセージを送っているようにも思える。崩壊に強いということは、「変わらない生活」というものを持っているということだと思う。わたしたちの生活それ自体が、キュビスム的な多面体ならざるをえないという状況に耐えなければならない。

解離状況にある、多面的な現実に対して、ひとつの局面が崩れようとも、あわてずにつぎの局面を生きていかなければならない。ということは、現代は横滑りの時代ということになろう。

それにしても、「純喫茶磯辺」というのは、良い名前だと思う。すでに、崩壊寸前という感じをぷんぷんとさせている。咲子は、父親の崩壊に限りなく付き合うことで、強さを獲得していく。けれども、決定的なところでの判断では、父親の判断が正しいこともある、というのが、泣かせるところだ。

もしこの父親が喫茶店を開かなかったら、このようなドラマも生まれなかった。この世には、まだまだ、たとえ失敗したとしても、崩壊したとしても、遂行しておかなければならないことがたくさんある、ということだと思う。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。