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2008/07/28

馬車道の喫茶店

K大の試験採点がどうしても進まない。そこで、今日中に終わらせるという強い意志を示すために、特別なところにこもることにした。といっても、予算もないし、手元の資金も底をつきだしたので、たいしたところへは行けない。

手軽なところで、いつもの馬車道の「サンマルク」へ閉じこもることにした。ちょうど、いつもの三方が囲まれたテーブルが空いていて、仕事を待っていてくれたようだ。

集中すれば、採点は早く進むものだ。12時前には、店に入っていたが、約四時間で残りの半分を済ませることができた。1200字で232人分なので、原稿用紙約600枚以上の書籍を読んだ勘定になる。単行本を1冊じっくりと読了したという感じである。

明日は、すでに集めてあるレポートがあるので、それと照合して、目出度くK大分の試験採点は終了である。今回の試験全般についていえば、準備のしっかりした人と、そうでなかった人との差が、かなりあるということだった。違いが歴然としているので、採点はたいへん行い易かった。後期は、もうすこし底上げをして、伝えるためのレポートとなるような工夫を行ってみたい。

午後の4時というのは、ちょうど映画のために残されたとでもいえるような時間だ。さっそく、京浜東北線に乗って、川崎のチネチッタへ駆けつける。5時から映画「歩いても 歩いても」是枝裕和監督が始まるところだった。

この映画の見所は、地元を描いているという点だ。京浜急行線の赤い電車が、映画の中を左から右へカタカタと走っていくのは、やはり懐かしい気がする。三浦半島の鄙びていて、急な坂が多い様子が、静かに描かれていて、あと五年もすれば、もう一度見てみたい映画となることは間違いない。風景の継続性は、覆うべくもなく、しっかりと映し出されている。

第二に、俳優が素晴らしい。樹木希林でなければ、これほどやすやすと演ずることができないだろうな、というシーンがふんだんに盛り込まれている。原田芳雄の厳格そうな父も好演している。親子関係が崩れていて、家族の崩壊ドラマであることは確かだが、きちんと再生へも目配りを怠っていない点で、慎重で隙のない映画である。はじめは、父親に大きな原因がありそうに描いているのだが、途中からじつは母親のほうにほんとうの原因があることがわかってくる。親子関係は、恐ろしい。

第三に、蝶の使い方が絶妙である。映画で使われていたエピソードは、小さい頃、友達同士でよく話したものだ。「モンシロチョウが冬までも生き残って、歳を超すと、次の年には、モンキチョウになるんだ」と話しながら、キャベツ畑を走った。

親子の問題、就職の問題、恋愛の問題、などの人生の重要なことが、あたかも重要ではないかのように、具体的な話として、横須賀のゆったりとした時間の中で描かれていく。これまでの家族では、一緒に住んで、それらの経験を言葉を介することなく、伝承していったのだが、自然家族がなくなってきて、構成家族が増えるにつれて、どこかに媒介をする空間と時間とが必要になってきているのだろう。大人になること、成熟することのアフォーダンスが自然状態から、人工状態へ移行したのが、現代なのだ。

この映画を観ていると、たぶんほとんどの人が、自分はどうだったかな、と思わずにはいられないだろう。わたしの場合、父親との関係で、職業選択をおこなったのだろうか、と自問することになった。それぞれの思い当たるところは違うかもしれないけれど、自分が「ムキになった」ころをきっと思い出すことだろう。

「歩いても 歩いても」という題名が、どこに由来するのか、これも意外なところからなので、何時聞いたことがあるのか、きっと自分に帰ってくるだろう。この映画の趣向を、僭越ながら「反省派」と名づけようと考えているが、賛同者はいるだろうか。

妻から頼まれた「ショッピング・カート」を、ラゾーナ川崎で購入して、家路を急いだ。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。