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2008/06/08

透明な現実

久しぶりに、日曜日を休日にすることにした。このような日には、とんでもないことが起こってしまう。秋葉原の「通り魔」事件である。不特定の人を巻きこむ犯罪は、大都市ではどうしても起こってしまうものなのだろうか。

以前、九州だったろうか、無差別殺人が(やはりナイフが凶器だったが)起こったときに、カンファレンス室で先生方と、どのくらいの距離だったら、避けられるか、という話をしたことがある。

今日も、電車に乗っていて、目を瞑ってみた。この状態で、正面からナイフを振りかざされたら、たぶん3メートル位の余裕がたとえあったとしても、避けることができないだろうと感じた。そもそも、街路や電車のなかで、襲われるかもしれないという準備のもとに歩いたり、座ったりしている人はいないだろう。社会の安寧がこれでまた、不確かな方向へ向かうことになるだろう。

千代田区三番町にある「山種美術館」がもうすこしで、恵比寿へ移ってしまうらしい。今のところは狭いので、仕方がないとしても、この静かな街を離れるのは残念だ。日曜日に、地下鉄を降りて、この街を歩くと、大使館も多いこともあって、外国に来たかと間違えるような緑と塀が並んでいて、素敵なところだった。同じ方向を目指す女性たちにたくさん会うことも、この街ならではの雰囲気ではないかと思っていた。

妻が、小林古径の「安珍・清姫の絵巻」を題材にしたテレビ番組のビデオを見せてくれたので、ちょうど今回の企画に合っていて、より興味を持てた。

http://www.yamatane-museum.or.jp/img/collection/collection_07.jpg

きょう観た山種美術館での1枚は、ほかにも数多くのものがあったが、やはり小林古径の「果子」を挙げたい。

林檎や梨、桃などが7個置かれている。あるいは、宙を舞っている。つまりは、浮遊するかのような配置がほどよく軽やかなのだ。そして、全体と個々の果実の示す透明感が素晴らしい絵だ。この透明な果実の色は、黄色を基調として、緑と赤がそれらのなかにあいまいに配色されている。絵画の背景全体は、シンプルで温かい色調の空間をもっていて、この抜けるような薄茶色が、現実を清潔に隠してしまっていて、全体としては清々しい情景に統一されているのだ。

横須賀美術館で観た中村岳陵の鯉の絵「潜鱗」に続いて、透明性を潜在的なテーマにした絵画だと思う。現代的なテーマとして、透明性という題材は魅力的だ。なぜ透明性なのかということについては、現代的な存在のあり方としてきわめて興味深い。いわば、レイヤーを重ね、二重化しつつ、その潜在的なレイヤーを隠しているのが現代なのだ。

道を戻りつつ、この街にももう来ることがないかもしれないと考え、以前にも寄ったUCCのコーヒーショップで、自家農園栽培のブルマンNO1を飲む。もうすこし浅煎りのを欲しかったが、時代の要請では仕方がない。

渋谷を回って恵比寿に出て、写真美術館へ行く。森山大道を特集していて、回顧展と新作展の両方が開かれていた。ここでも、写真の現代性ということを振り返って観るのに、ちょうど良い題材がたくさんあった。ただちに理解できるかということは二の次にして、とりあえず現代に触れてみたいと率直に思った。会場は、ほぼ満員状態だった。ビデオを流すところでは人混みが滞留しており、みんな何を思うのか、不思議な沈黙が支配していた。

1960年代の初期のものがとくに良かった。「ヨコスカ」「にっぽん劇場」には、その後の写真基調を形成した、黒い部分を塗りつぶしたような色調が早くも確立していて鮮烈な感じを出していた。ドサ回りの芝居一座を撮った写真で、胸毛を露出した女形や、睫毛の影を顔に落とした三流役者が居て、かつて学生時代に、わたしもこのような一座でアルバイトをしたときがあったなあと思い出した。時代の基本を確実に掬い取っている。

写真が得意とする描写性や、記録性などを、写真表現からすべて否定していくと、最後に何が残るのだろうか。この点では、森山が挫折を経験したあとに出された写真集『光と影』は、とても重要な作品群だと思われる。たとえば、路上に転がっているビンが透明に地面を映しだしている。自転車の後部だけを撮って、見せている。こんな部分的で、表面的なものを見せられても、ビンであり、自転車であると、わたしたちはなぜ感じるのだろうか。

今回の写真展は、早稲田大学のO先生がブログで紹介していたので、観に来たのだが、彼をして「もう一度観たい」と言わせた理由を半分理解したような満足感を得て、帰路についた。足にできた肉刺が痛くなってきたが、それを我慢しても余りある一日となった。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。