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2008/05/03

ドン・キホーテの没落

080503_135802 本格的な休日となったので、暇だという娘を誘って、横須賀美術館へ出かける。昨年の経験から連休中には混むことが予想されていたので、小雨が降って、海からの風が強いという今日の天気は、むしろ美術館日和であって最適なのだ。

電車が金沢文庫、横須賀中央、堀の内と進むごとに、乗客は半減していく。最後のバスの乗客は、わたしたちともうひとつのグループだけになっていた。美術館前の道路には、警備員が配置され、1周年記念を迎えて、観客動員数が40万人に到達する勢いが感じられたが、今日ばかりは肩透かしだ。

企画展の「中村岳陵」展は、小さなころ12歳から、70歳を越えるまで、天才的な線を描き続けた軌跡を、素人のわたしたちまでにも伝わるように見せてくれている。うわさにたがわず、腕の確かさは、途中の紆余曲折を乗り越えて、最後まで衰えていなかった。

初期のものでは、震災前の横浜居留地を描いたものがあった。また、ブルーを背景にした水神像は全体の色調が綺麗だった。眉間に険のある顔は、娘に言わせると妻に似ていると言う。それを聞いて思ったのは、早くから家をでた岳陵にとっての、母親像だったのかもしれないということだった。

とくに素晴らしかったのは、「潜鱗」と題された、池深く泳ぐ鯉を描写したものだ。透明感のある深さの見えない水の背景のなかにあって、鯉の存在だけが深さごとに書き分けられていて、全体としては淡い感じで、抜けるような絵であるにもかかわらず、受けとめる観客にとっては、自然の美しさを再認識させるような、迫ってくる絵になっている。

当時、「写生論」に凝っていたらしい。凝ってこれだけのものを残すことができるのであれば、凝るだけの価値があったといえる。

080503_130901 ここで、すでにお昼になってしまう。大道芸人が来ていて、風船細工やこま回しなどの余興をみせていた。こちらは、かなり混んできたレストランで、この地で水揚げされたスズキの焼いたものなどの入ったプレートを頼み、やわらかいパンを取って食べる。娘は、イチジクのケーキを食べていた。

じつはきょうのお目当ては、常設展のほうにあった。この地元の画家朝井閑右衛門の16枚の「ドン・キホーテ」である。1954年に始まって、1970年代に至るまで続けられた、息の長い「連作」だ。

最初に、「ドン・キホーテの没落」が描かれることからスタートされている。サンチョ・パンサが跪いているまえで、ドン・キホーテが亡くなって、夜空へ昇華する場面を描いている。「没落」というのは、キホーテが亡くなって、正気に戻ることだと思われる。

この連作に共通するのは、ドン・キホーテとサンチョ・パンサの関係を描いている点である。ある時には、胸をはって頭を高く掲げたロシナンテに乗ったキホーテが、先頭に立ち、いざ出陣で、頭を低くたれたロバに乗ったサンチョ・パンサがそれにしたがっている。ある時には、反省したサンチョ・パンサがいきり立つキホーテのまえに出て、牽制しつつ歩を進める場面を描いている。

不思議なのは、最初あまり前面に表れなかった、件の「風車小屋」が次第に存在感を増し、前面というか、重要な構成要素として現れてくる点である。ドン・キホーテの物語で、以前から面白いと思っていたのは、空想が創り出したものであるはずのドン・キホーテの創造物が、サンチョ・パンサの抑制にもかかわらず、次第に現実感を獲得してくる点である。「風車小屋」は、「怪物」として現れ、ドン・キホーテが生み出した創造物のなかでも象徴的なものなのだ。

080503_134001_2 さて、ドン・キホーテの頭のなかは、あまりに想像的過ぎて、すこしおかしくなっている。それに対して、サンチョ・パンサの頭のなかは、あまりに現実的過ぎて、かなりおかしくなっている。「風車小屋」を「怪物」と捉えることで、ここで現実と想像が融合し何かが変わるのだ。

つまり、朝井閑右衛門は、十数年間にわたって、このテーマを描き続ける中で、最後にこの「風車小屋」の重要性、正確に言うならば、「風車小屋」という現実を何かに擬えることの重要性に到達したのだと思われる。

帰りは、バスでそのまま横須賀中央へ出て、駅のそばの古い喫茶店「茶豆湯(ちゃずゆ)」へ入る。きょう最後のコーヒーは、久しぶりのジャマイカのストレート。

080503_155101店内の雰囲気はとても素敵で、女主人のサービスが店全体を活き活きとさせている。それでいて、歴史も感じさせる。常連の70歳くらいの人たちがカウンターを囲んでいて、さらに若い人びとも入ってくる。メニューを見ていて、思わず迷ってしまうほど、品揃えが多様であるところが、チェーン店には見られない特色だ。


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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。