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2008/05/21

アメリカにおける「血」の不在

「イエスの血で清められる」という予言が、こんな最後の結末になるとは誰が予想できようか。夕方、チネチッタへ駆けつけて、映画「There will be blood」を観てきた。この題名にある「Blood(血)」は、結局誰の血だったのだろうか。

「イエスの血」でもあり、主人公の「血気」でもあり、親子をめぐる「血統」でもあり、なおかつ殺人や事故の「流血」でもあるのかもしれない。けれども、「will be」である点が重要なのだと思われる。ほんとうの「血」は、不在なのだ。

アメリカで発生した産業のなかでも、飛びぬけてアメリカ的なのが、石油産業だと思う。金鉱探しと同じで、ひとりで原油を掘り当てれば、一躍億万長者のアメリカン・ドリームを実現できる産業だからだ。主人公のダニエルは、「Oilman(石油屋)」と自称する独立系の採掘業者である。彼のビジネス血気がさまざまな事件を引き起こしていく。

15年ほどまえに、アメリカのペンシルバニア州の山奥にあるタイタスビルという町へ行ったことがある。有名なフロリダのタイタスビルではなく、石油産業発祥の地のタイタスビルである。石油の「ドレーク博物館」をテレビ取材した。ドレークは、会社の依頼で世界で初めて油井方式で掘削した人で、実際に油田を掘り当てるのだけれど、赤貧のうちにNYで亡くなるのだ。

代わって、石油産業で大金持ちになるのは、実際に油田を当てた掘削業者でなく、流通業を牛耳るロックフェラーなのである。汗水たらして働く人は報われず、市場を支配した者が蓄財するアメリカ・ビジネス文化の真髄がここにある。

このタイタスビルで、いかに独立系の掘削業者が、スタンダード・オイル、つまりはロックフェラーを恨んでいるのかを知った。映画のなかでも、掘削作業中に亡くなって行く労働者の描写が微細に渡っている。井戸の中で死んでいく名もなき労働者が描かれ、その積み重ねがアメリカの憎悪の蓄積として残っているのだ。

ドレーク博物館の庭には、スタンダード・オイルによる鉄道規制に対抗した独立系会社のパイプラインの現物が展示されていた。映画で観るような立派なものでなく、家庭用の水道管ほどのものだった。けれども、これが独立の象徴であったのだろう。

この映画の舞台は、すこし時代が下って、カリフォルニアだったが、ダニエルは、スタンダード・オイルの交渉人に対して、異常なまでの憎しみを顕わにする。この映画では、主人公がちょっと変わった性格のように描かれているけれども、現地に行けば理解できるが、当時独立系の石油屋の多くが倒産に追い込まれ、中には自殺に至らしめられた者もいる。いかにスタンダード・オイル会社に対して、極度の恨みと憎しみを持ったのかがわかる。

主人公個人をじっくりと粘り強く、骨太に描いている。日本では、あまり見られないキャラクターだと思われる。

ところが、このように灰汁が強く、強固なアメリカのビジネス文化であっても、じつは底抜けになっているのだ。そこを「第3啓示」派の宗教で埋め合わせようとするが、その宗教も底抜けであったのだ。この考え方に賛成するか否かは別にして、救われがたいアメリカを描いた大作の登場だといえるだろう。

それにしても、先週の「アイム・ノット・ゼア」に続く、アメリカの不在の物語であることは間違いない。先年亡くなったロバート・アルトマン監督に捧げられているのも、描く手法は正反対であっても、アメリカの「不在」を描いている点で共通しているからなのだろう、と思われる。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。