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2008/04/11

『メタ構想力』

京都でお会いしたときに予告があったのだが、大阪大学のK先生から新著『メタ構想力』未来社が四月のはじめに送られてきて、ずっと読んでいる。

2月に飲みながら聴いた話のなかで、そしてこの本の中でも引用されているのだが、反響言語という障害のある子と、健常な子との違いについての話が、不思議に耳のなかに残っている。反響言語とは、「人から言われたことをオウム返しに繰り返すだけ」という言葉使いだそうだ。

「見本合わせ」という実験があるらしい。頭部のない人形を見せて、この見本に合う選択肢を二つ見せる。一つは、同じく頭部のない人形、もう一つは人形の頭部そのものである。ここで、頭部を欠いた不完全な見本と「合う」選択肢はどちらかを問うのだそうだ。

反響言語の子は、見本と同じ、頭部のない人形を選び、健常な子は、頭部を選ぶらしい。つまり、健常な子は、不完全なものを完全なものにする行為を選択するのだ。ここで、健常な子には、「そこに存在しないものを存在するかもしれない」と思考する、高度な構想力が備わっていると見ることができる。

ここには、直接的な知覚を優先する反響言語の子と、過去のイメージや経験からの表象を想起する健常な子との差がでるのだとする。

このような心理実験や霊長類の行動そのものが、彼の著書の目的ではなく、このような研究で発見された、メタ表象を問題にしていて、そこが興味深いといえる。つまり本来知ることのできない、断絶した他者の表象に関して、いかにしてメタ表象を通じて、その隔離を埋める作用を及ぼすことができるか、という議論が進められている。

そして、近代批判の文脈のなかで、道具的な理性と、さらに反省的な理性の両方の批判を通じて、メタ構想力というところに辿りついたのだと、わたしは解釈している。社会脳や、マキャベリ的知性などの楽しい分野へ導いてくれている点で、久しぶりに時間の経つのを忘れる読書時間を持った。

たまには、このようなほんの数ページに数時間を費やして、いろいろな飛び火する新しい問題に頭を使うような読書を行うべきであろう。貴重な読書体験の数日を過ごした。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。