« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »

2008年4月に作成された投稿

2008/04/28

高校時代の「公民」

連休中にもかかわらず、きょうはK大学の講義で出勤だ。最近の学生は、出席についても真面目で、連休と関係なく、講義に精勤してきている。

K大では、講義の出欠は自動化されていて、講義室にある機械に、学生証をかざすだけで電子的に出欠が記録される、という簡略されすぎたものなので、先生方はあまりこの機械的方式は信用していないらしい。また、きょうもそうだったが、学生証を忘れてくる学生が200人のなかには毎回一人は存在するために、それを再度登録しなおす苦労がかかってしまう。自動化が、かえって仇になっているのだ。

きょうの講義のなかで、学生の状況でよくわからないことがあった。それは、彼らの高校時代の履修状況だ。アダム・スミスやホッブズを知らないというので、それでは、高校時代に「公民」あるいは「政治経済」をとった学生がどのくらいいるのか、聞いてみた。

ところが、手を挙げたのは、出席している200名中、10人ほどであった。このクラスには、工学部所属学生も多いが、過半数は社会人文系の学生なのだ。それでも、ホッブズの「リヴァイアサン」を聞いたことがない、というのはショックだった。「公民」のうち、ひとつは必修だ、と理解していたのだ。

結局、講義からすこし道草を食って、周りをすべて説明しなければならないということだ。先週から、どうも予定通りには、講義が進まなくなった理由がようやく分かってきた。ちょっと首を傾げている学生がいると、丁寧にも、寄り道をせざるを得ないことになっていることが、しだいに遅れに連動してきているのだ。

けれども、このように目の前の学生の状況がわかるから、確認できることであり、このことは良しとしておきたい。道草はそもそも昔から嫌いなほうではない。最近の学生には、嫌がられるそうだが。

帰りに、妻に頼まれた買い物をして、久しぶりに伊勢佐木町に出て、古本屋と有隣堂を回る。ジャズ喫茶で読書をしようとしたが、時間が早かったので、開いていなかった。仕方ないので、きょう最後のコーヒーを焙煎専門の「まめや」で。モカブレンドをいただいて、素直に帰ることにする。

2008/04/27

千葉学面接授業の2日目

きょうは、夕べの雨もあがって、天気がよくなりそうだ。講義がなければ連休前半をのんびりと過ごすことになっていたに違いない。

結局、昨日の講義は、昼に始まり、夜の8時半まで続いた。休み時間が節約されているために、夕飯も20分くらいで食べなければならず、ちょっと厳しいイブニング・スクーリングとなった。きょうは午後から5時間程度なので、昨日よりはかなり余裕がある。

学生の方と話すと、勤め人が多く、今日が終わって、明日から会社だから、土日の面接授業というのは結構厳しいんです、とおっしゃる。

けれども、講義のほうは順調で、学生の方々から出る質問もかなり面白いものが多く、こちらもたいへん勉強になる。金融について講義するところまで来ると、銀行関係の学生が多く居るので、気が抜けない。

たとえば、金融制度が激変していて、政策上の概念ががらがらと変わってきているが、そのなかで日銀の「公定歩合」が・・・、などと不用意に言ってしまった。現在、公定歩合にあたるものは、「基準割引率」あるいは「基準利子率」といっていて、かつての公的な強い意味の「公定歩合」というものは存在しないのだ。現在では、公定歩合という言葉は死語になっていて、公式文書には一切使われていない。

最後になって、学生が手を挙げて、公定歩合という言葉は日銀ではつかわれていません、と直ちに指摘されることになるのだ。油断大敵、火が茫々。

弁解めいて聞こえるかもしれないが、公定歩合という言葉を使わないと日銀が宣言したのは、いまから1年半くらい前である。わが放送大学大辞典で検索してみると、放送大学のテキストのなかでも、まだ金融論をはじめとして、9科目22箇所にわたって使用されていることがわかる。日本経済史などの歴史記述で出てくるのはやむを得ないとしても、ほかの経済テキストではまだ現役の言葉として使われているのだ。これらが一掃されるまで、もうすこし時間が必要かもしれない。

終わってみると、いつもより活発に質問が出るクラスだった。質問の数は、近年のなかでも最多数だったのではないかと思う。質問の多さにつられて、クラス全体の方の頭のなかが活発になっていくのが、こちらに伝わってくる。

きょうは質問の時間も十分とっても、終了時間がぴったりであった。最後は、いつものとおり、拍手を受けて無事講義は終わりとなった。(いつもよりちょっとばかり拍手の音が大きく聞こえたのは、おそらく自己満足の現れであろう。)

昨日から気になっていたのだが、どうも見慣れた顔が、この講義室の真ん中に座っているのだ。誰だったかな、と授業中に考えていたのだが、すぐには出てこなかった。あとで挨拶にみえてようやく思い出した。じつは、この3月まで本部の部長さんだった方が、他大学の先生に転職なさったということで、参考のため、この講義をとったということだった。参考になったとは到底思われないが、やはり、このような時、放送大学だな、と思う。

2008/04/26

想像のスクーリングと現実のスクーリング

千葉学習センターで「現代経済学」の面接授業を、ピンチヒッターで急遽行うことになった。お願いしていたS先生が、脳内出血で手術したのだ。幸い、手術は成功し、リハビリをなさっているらしい。

千葉学の二階にある第三講義室が割り当てられた。一番附属図書館よりの部屋で、ちょうどわたしの研究室が入っている研究棟から観ることのできるところに位置している。

じつは、研究室で放送用の台本を執筆していたり、これからスタジオへ向かって一人でラジオ録音をしたりするときなどに、わけもなく、千葉学習センターの講義室を眺めることが多い。おそらく無意識のうちに、台本に登場しないオーディアンスを求めたり、ラジオの視聴者を思い浮かべたりして、この第三講義室をみるのだろうと思う。

今回は、その意味ではっきりと講義の相手に面と向かって、講義ができてたいへん仕合せであった。これまで夢想していた遠隔的なクラスというものが現実に目の前に現れて、遠隔方式とは違った授業ができたことになる。

やはり、いくら遠隔教育の機関であっても、まったく電波の届く先のことを無視しては、クラス授業は成り立たない。個人宛であっても、クラスに授業を行っているのだ、という意識はなくしたくないものだ。

その意味で、今回の面接授業は、想像力のフィードバックができたという点でたいへん有益であったのだ。

講義はお昼過ぎからだったので、ホイトウで日替わり定食を食べる。きょうは鳥肉とジャガイモの四角切りをカレー味で炒めたものだった。ごぼうと野菜のサラダと合わせて、ちょっと珍味という感じの味わいのある昼食となった。

千葉学の事務室に寄るのも久しぶりだ。さっそく、総務のSさんから千葉学のHPがヤフーの検索で出てこないから、古いHPを削除してもらいたいと注文される。2年前から、千葉大のTさんにお願いして、千葉学のHPを作成していただいていたのだ。それで、わたしが千葉学から転勤することになって、千葉学自身が独自のHPを開設したのだが、どういうわけか、ヤフーの検索を行うと、わたしたちが作成していた古いほうのHPが順位が上位に来てしまうのだ。

そこで、千葉学のHPは移転しましたというコメントと、5秒後にジャンプするページを古いほうのHPに取り付けることにする。これでよろしかったでしょうか。Tさんにお願いしていたページのデザインはかなり良いものだったので、今回全面的に刷新されて、ちょっと寂しさを感じたしだいである。Time is Changing!

2008/04/24

自己完結して済む時代ではない

「自己完結して済む時代ではない」という言葉は、4月24日の朝日新聞朝刊(神奈川版)に載った記事から取ったものだ。

横浜美術館は、公的な機関のなかでも、いろいろと民間的な手法を取り入れることで有名なところとして知られている。今回は、北海道の家具メーカー、横浜の不動産会社と提携して、館内に会社紹介やイベントのラウンジを開設した。このラウンジには、当然横浜美術館所蔵の作品も展示され、連携した仕事になっている。これが新聞記事になったのだ。

この中で、美術館のAさんが次のように言っている。「まるで企業のショールームのようだ、間接的に商行為に加担しているのではないか、という批判はあり得る」に続いて、表題の言葉が使われている。「だが、美術館が自己完結して済む時代ではない。市民や企業と協力関係を結ばなければ振り向いてくれない」

つまり、美術館と参観者との関係は多様なのであって、単に美術展を見に来る人だけが参観者じゃない、という問題提起であろう。結果や運営問題についての論議はもうすこし眺めてみたいが、問題提起自体としてはきわめて正統的なものだと思う。

わたしはこの問題提起を支持したい。この「美術館連関」には、きわめて重要な問題が隠されていると思う。そのうち、講義のなかでも、ぜひ取り上げたいテーマである。

さて、支持する理由がもうひとつある。じつは、このAさんとKさんを通じて、横浜美術館で大学の授業が可能かどうか、探っていただいているのだ。7月に面接授業を登録される際に、2008年度第2学期の「面接授業案内」に載っていれば、成功したということだろうし、もし載っていなかったら今回は失敗したと考えていただきたい。

放送大学にとっても、自己完結して済む時代ではない。

2008/04/22

バーボン・ストリート・ブルース

高田渡『バーボン・ストリート・ブルース』がちくま文庫から、4月中旬に発売されたので、さっそく大学生協から買ってきて読んでいる。6,7年まえに単行本で売られていたのだが、買いそびれてしまっていたものだ。

それで、3年前に彼が亡くなったときに本屋を探したが、見つからなかった。彼の歌を聴いたことのない人が読んでも、たぶん面白いところがあるし、また、他の詩人の書いた詩の解釈が独特なので、歌ごころのある人ならば、興味を持って読める本だと思う。

買ってきて、その日にテレビのチャンネルを変えていたら、契約していないのでほんとうは映らないはずのチャンネルが入ってきて、ちょうど高田渡が歌っていた。37年前のフォークジャンボリーを思い返す番組だそうだ。

最近の映像では、かならず彼の酔った姿を映すことで面白がらせていたのだが、そのライブでは珍しく酔っておらず、眼が輝いていた。マンドリンなどの伴奏を努めるのは、「バーボン・ストリート・ブルース」というアルバムを1977年に出したときの仲間であったと記憶しているが、佐久間順平(?)だ。

高田渡は、歌を唄って、しかも生きるという姿勢が鮮明な歌い手だと思う。この本のなかで、一番好きな言葉は、「歌というのは古い家だ」というピート・シーガーの言葉だ。

住めば住むほど愛着が出てくる古い家のように、唄えば唄いこむほどに味が出てくるのが歌である。誰が住んでもよいが、受け継がれていく中で価値が出てくるのが家であるように、同じ歌であっても、時間が経ったり歌い手が異なったりすれば、別の歌に変わっていく。そのくらい、歌い継がれた古い歌には、なにか普遍的なものがある。

「その歌はみんなが知っている。誰でも知っている。だけど誰がその歌を作ったのか、最初に誰が歌ったのかは、誰も知る人はいない。ただ歌だけが今も流れている。」というシャンソンがあるそうだ。

人がおとなになるときに、何によって大人になるのか、というのは、その人の一生を左右する問題だ。彼の場合には、明らかに歌を唄って大人になったのだ。唄うことで自分を見つけたのだ、ということを率直に伝えようとしているのだと思われる。

だから、他の歌い手と明らかに違う点は、唄うことが生活の重要な部分になっているということにある。

この本には、彼の最初の仕事が文選工であったと書いてある。印刷の活字を拾う文選工の仕事自体は、面白く、仲間との協働もうまくいったらしいが、それでも彼が自分を見つけたのは、歌を唄ってからであると思われる。

生活とはなにか、ということをよく考えさせられるが、わたしの場合、高田渡的な解釈が最も合っているように思われる。彼が山之口獏の「生活の柄」に曲をつけたものだが、口をついてつい出てしまうほどの、厳しいがしかしロマンチックな特徴を持った生活というものの「描写」だと思う。

歩き疲れては 夜空と陸との
隙間にもぐり込んで
草に埋もれては寝たのです
所かまわず寝たのです
歩き疲れては 草に埋もれては寝たのです
歩き疲れ 寝たのですが 眠れないのです

近ごろは眠れない 陸をひいては眠れない
夜空の下では 眠れない
ゆり起こされては 眠れない
歩き疲れては 草に埋もれては寝たのです
歩き疲れ 寝たのですが 眠れないのです

(後略)

歩き疲れること、そして、夜空と陸との隙間にあって、寝たり眠れなかったりすること。これが生活だ。この夜空というのが、とてもいいんだな。夜空だから、陸との隙間ということに、意味があるんだな。

2008/04/18

映画の反省的手法

神奈川学習センターから望む丘のうえに、神奈川県立外語短大がある。きょう、H先生と訪問する。

最近は、大学間でさまざまな連携を模索している。連携という言葉は、たいへん便利な言葉で、組織と組織間のほとんどの関係は、連携という言葉で表すことができる。人と人をやり取りするような場合にも、また施設の貸借関係でも、連携という言葉で大丈夫である。このような動きを見ていると、合従連衡の戦国時代さながらである。

昨年度までは、金曜日を週休日にしていたのだが、今年度から裁量労働制になって、自宅に居る時間が増えると思っていたら、かえって週休という考え方がなくなってしまったのだ。つまりは、そとに出る機会が多くなったということだ。

以前に、名エッセイストのジブチンスキーが週休という考え方の重要性を説いていて、そのときはぴんとこなかったが、いざ週休のない生活に入ってみると、やはり生活のリズムがおかしい。近代になって、勤労精神が蔓延したときに、その反省として、週休が再度見直されたのだと思う。

そのまま、夕方まで書類を埋めて、参考文献をこなしていたら、必要な書類が手元になく、さらに頭痛も激しくなってきたので、これ以上は仕事は続けられない状態になった。そこで、夜は久しぶりにチネチッタへ繰り出すことにする。

映画「つぐない」の原作は、イアン・マキューアンの小説で、Aさんもまずは原作を読んでから、とおっしゃるほど小説そのものが評判のものである。したがって、映画がその評判を上回るためには、映画的表現を駆使しなければならないだろう。

「つぐない」は今年度数々の賞を取っていて、映画としてもかなりの出来だと思う。たとえば、場面展開の際に、現在のシーンが急に映画の逆回転を起こし、1時間前とか、2週間前とか、3週間前に巻き戻される。これは、頻繁にやったら、映画のつながりを断ち切ってしまうので、あまりできないが、効果的に使えば、かなりの映像の強調ができる。

たとえば、主人公のひとりロビーが、セシーリアへ手紙を書く場面がある。いろいろな文面の手紙を書く。そして、そのひとつを妹のブライオニーに渡すのだ。通常は人生はこのひとつしか選択できない。が、渡してからロビーは叫び声をあげ、過去へ映画が巻き戻される。あたかも、人生に複数の選択があるかのような錯覚が、観ているものに呼び起こされるのだ。いわば、反省的な手法とでも言えるような方法が使われている。

途中、第2部にあたるところで、大戦でのダンケルクの撤退場面があるのだが、ここでもこの手法がたくさん使われるのだろうと思っていたが、意外にすくなかった。戦場をじっくりと描いていて、そこだけで観れば、たいへん興味深いシーンだと思われる。筋からおそらくかなり逸脱しているところだろう。けれども、全体の文脈のなかで、どのような位置づけになるのか、もうすこしどうにかしてほしい、とも思った。

小説ではどのように描かれているのか知らないが、小説や映画の表現自体が、人生における実践を演出することがあるのだというのが、結論だと思う。ふつう、単なる文字や画は知識・情報の部類に登録されていて、現実とは遠いものだという2分法が主流を占めている。

最後のこの償いの方法が描かれていなかったら、この筋からしたら、完全なメロドラマで終わってしまっていたに違いない。映像が現実へ影響を与えるのであれば、この方法はその典型的なひとつの事例になるであろう。この第3部にあたる部分は、観てのお楽しみだ。

2008/04/15

「無」という現代

最近、酒の席で、団塊世代の方が、最近の若者は・・・とやりだして、この世代に近い世代としてはそういう年代になってきたことを自覚した。

とは言っても、これまで何回となく、言われる側であったものが、いざ言う側になっても、繰り返すことだけでは説得力もないし、意匠の問題としても芸がない。

文芸批判家と本の前書きにあるのでそれを踏襲するが、その文芸批判家Y氏が『日本語のゆくえ』光文社刊という東工大での講義録を出版した。その最後のほうで、現代若者論を書いている。

かれらの特徴は「無」という傾向を見せるところにある、と論じている。30冊くらいの詩集を材料として取り上げ、その共通する傾向が「無」だというのだ。

ちょっと孫引きさせていただくが、Yは水無田気流の「非-対称」という詩を取り上げている。

(前略)
ココニアルモノハココニアルハズガナク
ここにあるものをここにながめながら
延々とエオスの登場を待つ

たとえば
立ち並ぶ
看板のネオンサインのように

たとえば
孤立する
駐車禁止標識のように

たとえば
組み替えられる遺伝子情報のように

たとえば
移植される
人体臓器のように

たとえば
タトエラレナイケレドモ
この先の地軸を支え
夜更けの路上に立ちのぼる
君の
長い長い蒸気のように

このように、分離されたものの不在、孤立したものの不在、流れ去ってしまいそうなものを詠むなかで、その奥底には「無」という共通テーマを持っていて、それが表出されてきている。

現代若者を取り上げることには、一度は言われる側であった者にとっては、その取り上げ方が問題になると思われる。Yの論じ方に新鮮さを感ずるのは、否定的な「無」を指摘していく中で、「否定の否定」は「肯定」である、というような、たとえばであるが、そのような論じ方ができることが示唆されているからである。

「無」ということは、やはり何もないということだから、特徴付けて「無」の存在を表現する場合の、その論じ方が問題になるのだと思われる。「無」というのは、変な「在る」よりはいいよね、けれども、それが全体を覆うようになって、すべてが「無」になってしまうのは、やはりおかしいよね、という論法である。

大学で講義をやっていて、ひとりふたりが眠っているのは静かにしている限りむしろいいことじゃないか、でも、全員が眠ってしまうのはおかしいよね。

ちょっと演習問題として、この論法を応用してみたのだが、どうも瑣末な結果になってしまった。やはり、二番煎じは詰まらない。

2008/04/12

「氷山の一角」としての自分

きょうは、大学院のオリエンテーションが幕張の附属図書館3階で行われた。

今年はめぐり合わせで、研究情報を説明する当番に当たっていた。コーディネーターのF先生が挨拶を行って、研究指導について説明した後に、20分間の時間が与えられた。

そこで、文献の探し方を中心にして、おおよそ次のようなことを喋った。論文を書くといういうことは、「氷山の一角」を形成するようなものだ。所詮、書くことには限りがあるのだから、氷山全体をあらわにすることはできない。けれども、たとえ氷山の一角であっても、隠れている全体の潜在性を示唆する文章や文体を著すことはできる可能性があるだろう。

先日も、ある学生の方で、修士論文提出の1ヶ月前までは、冴えない文章を書いていた人がいて、明らかに他の人と比べて評価できない仕上がり具合だった。ところが、その後は書き直すたびに、ぐんぐんと文体が磨かれだして、ついには他の人よりはるかに仕上がりの良い論文を作成してしまったのだ。良い論文かどうかは、本人の目よりも、傍目に分かるものなのだ。

なぜそうなったのか、考えてみたが、いくつかの原因があったと思われる。最後の1ヶ月というのは、将棋の棋士にとってみれば、勝負の「持ち時間なし」状態なのだと思う。

それまで眠っていたものが、突如として起き上がってきたのだと思われる。眠っていたものが、その人本来の才能なのか、それともそれまで蓄積されてきた他者の議論なのか、それはわからないが、それらが総合されて、あるいは結合されて一気に出てきたことだけは間違いないだろう。

とするならば、「持ち時間なし」状態でも、力を出せることが、論文を書く場合には必要であるということになる。つまり、通常の自分というものは、本来の、あるいは蓄積して膨れ上がった「氷山」の一角にすぎない、ということではないか。火事場のバカ力のような、氷山全体の力の出せるような状態に持っていくことが、研究ということの共通の使命ではないか、と思う。

とにかく、これから約2年間のお付き合いになるのだから、なんとか良い関係を築き、参加者の方々の「氷山」を発掘調査してみたいと考えている。

2008/04/11

『メタ構想力』

京都でお会いしたときに予告があったのだが、大阪大学のK先生から新著『メタ構想力』未来社が四月のはじめに送られてきて、ずっと読んでいる。

2月に飲みながら聴いた話のなかで、そしてこの本の中でも引用されているのだが、反響言語という障害のある子と、健常な子との違いについての話が、不思議に耳のなかに残っている。反響言語とは、「人から言われたことをオウム返しに繰り返すだけ」という言葉使いだそうだ。

「見本合わせ」という実験があるらしい。頭部のない人形を見せて、この見本に合う選択肢を二つ見せる。一つは、同じく頭部のない人形、もう一つは人形の頭部そのものである。ここで、頭部を欠いた不完全な見本と「合う」選択肢はどちらかを問うのだそうだ。

反響言語の子は、見本と同じ、頭部のない人形を選び、健常な子は、頭部を選ぶらしい。つまり、健常な子は、不完全なものを完全なものにする行為を選択するのだ。ここで、健常な子には、「そこに存在しないものを存在するかもしれない」と思考する、高度な構想力が備わっていると見ることができる。

ここには、直接的な知覚を優先する反響言語の子と、過去のイメージや経験からの表象を想起する健常な子との差がでるのだとする。

このような心理実験や霊長類の行動そのものが、彼の著書の目的ではなく、このような研究で発見された、メタ表象を問題にしていて、そこが興味深いといえる。つまり本来知ることのできない、断絶した他者の表象に関して、いかにしてメタ表象を通じて、その隔離を埋める作用を及ぼすことができるか、という議論が進められている。

そして、近代批判の文脈のなかで、道具的な理性と、さらに反省的な理性の両方の批判を通じて、メタ構想力というところに辿りついたのだと、わたしは解釈している。社会脳や、マキャベリ的知性などの楽しい分野へ導いてくれている点で、久しぶりに時間の経つのを忘れる読書時間を持った。

たまには、このようなほんの数ページに数時間を費やして、いろいろな飛び火する新しい問題に頭を使うような読書を行うべきであろう。貴重な読書体験の数日を過ごした。

2008/04/09

『日常生活の社会学』

一番はじめの授業で、なにを話すか、というのは、わたしにとっては毎年たいへん悩ましい問題である。ひとつの話で、この1年間が決まってしまう場合もある。そのくらい、受講生が抱く「授業全体のイメージ形成」というのはたいへん重要である。

きょう、早稲田大学のO先生から、早稲田社会学ブックレットシリーズの『日常生活の社会学』学文社が送られてきた。シリーズの「はじめの1歩」として、きわめて適切であると同時に、学生が学ぶ「はじめの1歩」としても、たいへん妥当な本である。

100ページほどの小冊子だが、社会学という学問の柔らかいプヨプヨとした感じや、複雑でゴチゴチした様子が良く出ている。プヨプヨ感は、「家族の寝方」のところかな。ゴチゴチ感は、社会の構造のところかな。

授業が始まる前に、学生にかならず読んでおく本として、進めたい1冊である。学生が授業に出てくるときに、なにかプヨプヨでも良いが、ヴィジョンのようなものを持っているか否かで、講義の身につき方が格段に違ってくる。このヴィジョンのようなものは、その後の授業で変わるかもしれないから、きわめてソフトなものが良いのだ。

社会学とは、何か。「人びとの相互作用の背後に存在する暗黙の法則」を研究する学問である、という明確な画定が素晴らしいと思う。妥協せずに、しかも簡単に言い切っていて、うらやましい限りだ。

数日前に、K.ビューラーの「精神発達」を読んで、その事例の簡潔さに感嘆したが、この本でもいくつかの事例が切れの良さを支えている。とくに、「誰の隣に誰が寝るか」の違いが、家族のあり方を反映しているというところは面白かった。

やっぱり、面白くなければ、「はじめの1歩」にならないのだということを、改めて思い知ったしだいである。

2008/04/06

パターン認識について

琉球大のT先生が出張の帰りに、神奈川学習センターまで足を伸ばして寄っていってくださった。

雑談をしていて、面白かったのは、食事に「パターン」があるという点である。和食や洋食、さらに京膳や江戸寿司などのように、食事に地域特性が出ることは日常生活では当たり前のことと考えられているが、考えてみると不思議な現象である。

生きていくうえでの必須の栄養素はある程度わかっているので、それだけを取るためだけならば、もうすこし共通の食事パターンを示すはずである。ところが、地域によってかなり異なる食事パターンが存在する。

また、同じことだと思われるが、健康について研究する人びとで、食事の研究者は、個々の食べ物が健康にどのような影響を及ぼすのかを研究することより、むしろパターンで食事の研究を行う傾向があるのだ、とT先生はおっしゃる。

このような傾向も、考えてみると面白い現象だと思われる。なぜ食事はパターンとして現れるのか。もうすこし蓄積が行われていろいろとわかってきたら、ぜひ社会的な面からの接近を考えてみようと思う。

4月の第1週は、歓送迎会のシーズンで、きょうは恒例の神奈川学習センターの会が中華街へ繰り出して行われた。お世話になった事務長のOさん、Kさん、Mさんをお送りして、新しい事務長のMさん、Kさん、Tさん、Tさんをお迎えした。

開かれた店が、1周年記念だということで、料理の種類がいつもよりかなり多かった。最後のころには、さすがに料理が残ってしまい、食べ放題というシステムの良い面と悪い面とが現れていた。食事パターンのすべてを網羅した中国料理と、またそれから大幅に逸脱した料理の多さとがテーブルに乗った。

横浜の日曜日は、社会の縮図を見せてくれるが、歓送迎会からの帰り道で考えさせられた。中華街では袖すりあわすほどの混雑のなかで、大量のご馳走が消費される一方で、すぐ隣にある横浜スタジアムには、きょうもたくさんのホームレスがダンボール生活をしていて、ボランティアの炊き出しスープだけの生活を送っている。このところ、景気が上向いて、ホームレスの人びとが見立たなかったが、3月になってからは、またすこし街に、目立ちはじめている。先日の名古屋でも、数多く見かけた。

両者の食事パターンは測ってみればかなり異なることになるだろうが、炊き出しのスープには世界共通の栄養が含まれているように思われる。それは、イタリアのものでも、スコットランドのものでも、それほど違わないミネストローネのようなもので、昨日の残り物の野菜がたっぷり入っているようなものだろうと思われる。

2008/04/05

観桜会

080401_122201 急に暖かくなったせいで、桜の散り始めるのが突然速くなった。こんなに風もないのに、ちらほらと一生懸命に散り行く季節というのも、最近には珍しい。昨日までは、弘明寺の桜並木も満開を誇っていたのだが、きょうは花びらの舞う美しさに変わってきている。

きょうは神奈川学習センターの「入学者の集い」があり、新入生の10分の1ほどが来て、オリエンテーションなどが行われた。季節の変わり目に、気持ちを改めて大学生活を出発させる気分というのは、たいへん清々しいものだと思う。もちろん、儀式や儀礼も重要だが、精神的に考えても衛生上好ましいと思われる。

こころなしか、学生たちの同好会も華やかだ。H会のマークが新たにつけられていて、ブルーの色彩が新鮮な感じだった。やはり、会のシンボルは必要だと思う。また、神奈川学習センター独自の合唱団も張り切っていて、生の歌声は新入生を元気付けたことだろう。

080403_094201_2先生方も歳を取るにしたがって(失礼、所長を抜かせば、わたしが一番年上なのだが)、挨拶の話が長くなり、式の時間も超過してしまっていた。その後、式に続いて、二つの会合があり、最初から忙しい一年の始まりとなった。

心配していたサポーター制度も、何とかまずは始めてみよう、ということで、学生の方々が出発してくださった。どこまでできるかはわからないが、その辺はみんな楽観主義らしいので、何とかやってくださるだろうと信じている。こちらも、十分なバックアップをしていこうと思っている。

夜は、恒例となりつつある「A先生を偲ぶ会」ということで、昨年に続いて、綾瀬で観桜会が催され、続いて直ちに、花より団子の会へ移った。Nさん、Aさんを中心にして、I先生、T先生、Y先生が集まり、駅から桜の公園へ行く途中にある「鳥文」で、雑談に花を咲かせた。

ほとんどは、たわいのない雑談だったが、どのくらいそこから逸脱できるのかをみんな狙っているのだ。名古屋料理やロンドン料理の話などは、きわめて無難なほうで、突然20年以上前の思い出が出てきたり、世界の果てでの鷹狩りの話が出てきたり、今年も途方もない話を楽しんだ。最後のコーヒーは、駅前の「M」にて、カフェオレを大きなマグカップでいただいて、帰路についた。

2008/04/04

道修町論文

出張から帰ってきたら、Kさんから論文が送られてきていた。先日ここでも取り上げた「道修町に関する論文」である。博士論文のなかに入れたものを、そこだけ取り出して独立の論文にして、K大の雑誌に掲載したらしい。

先日わたしが散歩したのは、主として道修町の西側のほうで、彼女が取り上げている道修町は、もっと東にあるほうだったことがわかった。うろ覚えで街を歩いたため、肝心なところを見落としたらしい。

とくに、この論文で取り上げられている少彦名神社まで到達できなかったのは、悔やまれる。今度、大阪へ行ったときには、すこし足を伸ばしてみようと思う。

それにしても、80歳になる方が、30ページに及ぶ大論文を年間いくつも仕上げるのは、驚異的である。いつも身体のどこかを悪くしながらも、最後は仕上げてしまうのは、それなりの習慣が身についているからだろう。毎日少しずつ仕上げる癖が大事だと思われる。

今回の論文での山場は、なぜ少彦名神を勧請したのか、といったことの論証である。道修町で神を祭る必然性が存在したことを突き止めたことであろう。薬の株仲間間の取引が衰退し、祈願して団結を図る必要性があったらしい。詳しいことは、論文をご覧になっていただきたい。

いずれにしても、手際の良い処理がされており、相変わらずのペースを続けていることがわかる、堅実な論文である。少しずつの積み重ねが最後は、決定的な事実を突き止めてしまっているのだ。

3月になって、目の具合が悪く、手術したらしいが、そんなことを感じさせない筆運びだ。フランスの人類学者レヴィ・ブリュルが「融即の原理」ということをいって、未開社会のなかに、動物と同一視する集団現象のあることを指摘したことがある。Kさんはもし動物にたとえるならば、ミネルヴァにでもなった状態で暮らしているのではないだろうか。

2008/04/02

健康について

きょうは、歯の治療と、メガネ・レンズの交換という身体に関係した、二つのことから1日が始まった。春休みというのは、これから1年間間断なく続く仕事に備えて、身体の状態を点検するにはちょうど良い休みの期間となっている。

両方に関係して、「健康の維持」ということについて考えさせられた。もちろん自分の健康についてはいつも関心があるが、このところ常に考えているのは、他者の健康ということで、とくに気になっていた。

歯医者も、メガネ屋も、いわば「他者の健康」を四六時中考えている仕事である。なぜ歯医者は、患者が痛いということがわかるのか、なぜメガネ屋は、どの度数にすれば、クライアントがもっとよく見えることがわかるのか、このことは考えてみれば、かなり不思議な現象である。

他者の主観がわかる、ということが起こっているのである。自分で熱があり、頭が痛い、ということがあれば、たとえば風邪だな、と考えることはできる。わかっている人であれば、ひとに相談することなく、自分は病気だな、という診断ができるかもしれない。

けれども、ふつうの人は自分で思っていても、なかなかそうは簡単に判断することに踏み切れない。だから、今日過労死などが問題になるのだ。自分で健康が100%わかるのであれば、問題はかなりなくなる。

他者から言われて、自分の健康がようやくわかるというのが、実際のところだろう。そのとき、他者にわかるような「印」が必要だと思われる。顔が赤いとか、動作が鈍いとか、などなどの徴があって、他者はそのひとの主観に入り込むことができるのだ。

歯医者は何をもって患者の「痛い」ということを知るのだろうか。虫歯をかんかんと金属棒でたたく。このとき、顔をしかめれば、それが虫歯だとわかる。

高等な「技術」だなと、いつもY歯科で感心するのは、新しい歯を入れたときの噛み合わせがうまくいっているかを確かめえる動作である。新しい歯をいれて、噛みあわせがぴったりかどうか、というのは、顔をしかめるわけでもないし、口がきけない状態では確かめようがない。けれども、これには特別の赤紙を使っていることを知った。ぐりぐりとその紙をかみ合わせると、もしうまく噛み合っていなければ、上下の歯に赤いインクがつくことになるのだ。この確かめ方は、素晴らしいといつも感嘆しているのだ。そういっても、歯医者のほうでは、熟練していればいるほど、きわめて当たり前の認識らしい。

同様にして、メガネ屋はなぜ、患者の目がそのレンズによって、よく見えるようになるのかを、いかに知ることができるのだろうか。検査表があって、右、左と穴の開いている丸を答えさせたり、カタカナを答えさせたりする。その反応をみて、メガネ屋は判断するのだ。ここでは、赤紙の代わりに、身振りや顔つきが媒介して、お互いのコミュニケーションを成立させ、さらに相手の感情を察知するのである。

じつは、わたしたちの健康維持の多くが、日常で、このような相互確認を行っているのではないだろうか。自分の健康についての信号を発して、身近な人にそれを伝える。それをみて、家族やコミュニティの身近な人が健康を判断する。歯医者と患者や、メガネ屋とクライアントほど根拠があるわけではないが、それでも、ちょっとした仕草や態度の違いを察知して、健康についての相互チェックを行っている。

歯医者の診療台のうえでは、このくらいの妄想を考えていないと、つい失礼ながら、こっくりとしてしまう。それは、安心できる歯医者だからこそ、できることだろう。

« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。