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2008/03/14

ドイツ・ポスター展

大正文化の取材についていくつかの候補を考えていたら、娘が京都で「ドイツ・ポスター」展をやっているよ、と教えてくれたのが、今回の出張の主たるテーマとなった。おそらく、バウハウスなどの系譜と、日本への影響が取り上げられているのだろうと推測されたが、それ以外についても、ほかのいくつかの経路可能性も探ってみたかったので、ちょうど良い機会だった。

080314_110201昨日は良く晴れて行楽日和だったが、きょうは一転して寒い雨が降っている。午前中はホテルで資料整理と原稿執筆に当てようと考えていたが、折角来たのだから、見るべきものは先に見てしまおう、ということで、銀閣寺そばにある、「白沙村荘」へ行く。バス停にはたくさん人が並んでいるが、それは銀閣寺見学の人並みで、こちらへの実害は少ない。

080314_110203ここは、大正期に活躍した日本画家「橋本関雪」の邸宅であったところで、現在も親族が建物と庭園を維持しながら、たぶんこの周りの飲食店も経営なさっていると思われる。池を配した茶室があり、家からもアトリエからも池を望める、大きな庭だった。見学の最後にギャラリーがあって、関雪の「玄猿」が展示されていた。動物画は微細な描写で書かれていた。けれども、ここには完成されたものはあまり掲げられておらず、またいくつかの傑作があるのだろうけれども、それがわからず、私自身の不勉強を恥じるばかりだった。

080314_110205_2けれども、たったひとつわかったことは、橋本関雪というひとは最終的に孤独なひとだった、ということだった。ひとつに、動物を描くのが好きだったが、たいていはひとり静かに離れて存在している。ふたつに、中国へ60回以上旅をしている。三つに、画壇から少しずつ遠のいていった。さらに、白沙村荘のようなかなり大掛かりな庭園を自分で設計して、孤独を癒していた。と数え上げていけば、かなりの孤独が付きまとっている。実際には、伝記も読んでいないで、こんな事を言っても良いのかと言われるかもしれないが、この庭園を見るかぎりは間違いないところだと思われてならない。

こんなところにも、大正文化の孤立感というものが、表面的な華やかさと一緒に存在しているように思われる。

昼食は、かねてより目をつけていた銀閣寺道の「S」というパスタ屋さんで、牛筋と春野菜のトマトスープ・パスタ、もちろん、コーヒーとデザート付きのものだった。また、クリームスープもかなり美味しかった。

080314_110204さて、ドイツ・ポスター展は、岡崎公園内の近代美術館で開かれていた。全体のなかではおそらくわずかなものであっただろうが、日本各地から収集されていて、つながりの多彩さに目を奪われるものだった。とくに、杉浦非水などの大正文化への影響には、観るべきものが多い展覧会となった。

080314_143701 ときどき、このようなことが起こるのだけれど、今回カンディンスキーのポスターが一枚だけ含まれていて、彼が本や雑誌の表紙絵を書いていたと同時に、ポスターも物していたことを知って、興味深かった。

おそらく、抽象ということをはじめたころで、絵画よりもポスターのほうが、抽象を描きやすかったのではないかと想像させられる。

注目したのは、20世紀初頭ベルリンで流行った「即物的ポスター(ザッハプラカート)」というもので、ポスターの最小構成要素「テキスト・背景・絵」をいかに組み合わせることができるかで、そのポスターが決定されるとする考え方である。

たとえば、靴屋の名前が目立たない字で大きく入っており、靴が片方だけ横に置かれている、というポスターは、シンプルだけど、ポスターの最小限のことが描かれていて、たいへん現代的な作品になっている。

構成要素のなかでも、背景とテキストはあまり変えることはできないが、絵の部分は、どのような考えを持つかによって決まってくるものと思われる。

ところで、ポスターが近代になって、なぜ勃興したのか、ということは、たいへん興味深い点である。たとえば、有名なポンペイの選挙ポスターは、情報の非対称性を埋めることが原理となって生まれたことになっている。けれども、それ以外にも情報生成の説明はつく。このようなところが、ポスターを観ていて面白いところだ。

つまり、芸術という現実が一方にあり、それに加えて、商業という新たな現実が加わってきた。そこで、ポスターという象徴形式が生まれることで、芸術と商業がくっついたという新たな現実が生まれることになった。

ザッハプラカートは、商品をひとつ描き、商店名をひとつ入れることで、単純に商品と商店の宣伝ができるつくりのポスターだ。芸術と経済の、単純なコミュニケーション的結びつきを実現した、最もシンプルな形式といえよう。相互浸透性の典型的なモデルである。

なかでも、その後のいくつものポスターに採用された模倣物として、メルセデス社のタイプライターのポスターが、シンプルながら人の心をぐっと掴んで離さない。朱色のテキストでMERCEDESと横に大きく描かれており、その下にタイプライターがリアルに置かれ、同じく朱色のワンピースを着た女性がその前に座っていて、消費者を誘っている。著作権の関係で、お目にかけることができないのが残念である。

080314_183801同様の趣向は、当時の展覧会や博覧会に使われて、当時の表現の標準を作り出したといえる。

岡崎から聖護院まで歩いて、JAZZ喫茶の「Y」でポスター展の整理を行う。客がひとりだけだったので、店主の方が、リクエストに答えますよ、というので、久しぶりでダラー・ブランド「アフリカン・ピアノ」をお願いする。「旧いですね」と言われてしまった。夕食は、さらに三条御池の「M」にて、鶏肉料理を食べる。最後のコーヒーは、いつものように、たっぷりタイプのアメリカンであった。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。