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2008/02/23

栄養調査の意味

Dsc030944  栄養調査が始まり、対象者の方がたが朝早くからきて、時間ごとに整然と記録を取っていく

率直にいって、社会調査を観てきたものからすれば、栄養調査という人体を対象とする調査には、なにかたいへんな責任が付随し、すごく重い印象がある。

Dsc030956_2 それは、おそらく社会調査と比べて、格段に手がかることを行っているからだ。たとえば、尿や採血や血脈の検査だけでも、一人当たり何時間もの労力がかかっている。

この辺の意識が社会科学系と医学系の調査では大分異なるらしい。社会調査の場合には、調査員が信頼性を得てから、調査の対象者に対して質問し始める。調査のプロセスを重視する。それに対して、医学系統ではおそらく、このような過程は最小限で済んでいるものと思われる。なぜなら、医者と患者関係を調査に流用しているからだ、といえるような気がする。

それは安易な解釈だよ、と言われるかもしれないが、初対面の人にこれほどの信頼性を仮託できる調査・検査は、あまり存在しない。あとは象牙の塔内でしか見られないだろう。今回は幸いなことに、医学と学問の信頼性を最大限活用させていただいていると言えるのではないだろうか。

Dsc030997 もっとも、これまでの沖縄における、このチームの調査実績がものをいっていることは間違いないところなので、これだけの参加者の信頼性を得られるのは、当然と言えば当然なのであるが、社会科学のほうから見ると、これだけの信頼性はうらやましい限りである。

たとえば、この種の調査をもし社会調査のみで行ったとしても、おそらくこれほどの参加率を挙げることはできなかったであろう。大掛かりな仕掛けを持ち、周到な準備を行った上での調査であるから、人びとの信頼性も得られているのだと思われる。

対象者がいて、プライバシーの問題が生ずるので、無人の状態の写真でちょっと味気ないが、わたしの初参加の記念なので掲げておくことにしたい。

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