« 1面トップの記事 | トップページ | 二重化する健康観 »

2008/01/16

スコルピオンの恋まじない 

映画「スコルピオンの恋まじないを、テレビの深夜映画で観る。数年前のちょうど忙しいときに封切られていて見逃していた1本である。テレビで見るのは本意ではないが、このように忙しいときにちょっと見るときには仕方ないだろう。

W.アレンの得意とするどたばた劇である。最近の作品ように、ナチュラルなドラマ運びとは異なって、アレンの露骨なおしゃべりがそのまま前面に出ている。

今回も、「催眠術」という、些細だが決定的な仕掛けが良く効いている。ふたつ(いくつか)の世界を人間はじっさい生きているのだ。これが現実なのだが、表面的には、あたかもひとつであるかのようにわたしたちは生きている。

けれども、この「催眠術」という作用を用いることによって、もうひとつの隠れた現実を思い出させてくれる。さらに、この「催眠術」による世界を迂回させることで、あり得ないことをあり得るようにしてしまう、というところまで描いて見せている。

ここまでくれば、もう「催眠術」の世界は現実そのものである。「催眠術」はベールのようなもので、それを取り払っても、現実は残る。けれども、ベールがあることで、現実に深みを増す魅力と威力があるのだ。

催眠のきっかけとなるキイワードが、コンスタンティノーブルとマダガスカルというのは、いかにもW.アレンが撮影現場でとっさに思いついた単語のような感じを出していて、アドリブ的な台詞を楽しんでいるのがわかる。

おそらく、アレンの相手役はどの場面でもたいへんだろうと思う。このようなアドリブ的な台詞に臨機応変に対応しなければならないからである。気心がしれる人たちとの場面つくりを行った結果が出ているのだと思われる。

このような意味で、W.アレンの映画は、NYを中心にした映画人たちの共同制作という趣きをつねに持っていて、安心してドタバタを楽しむことができる。だから、アレンの家庭生活は破綻していても、おそらく友人関係は次から次へ発展している様子がうかがい知れるのだ。

« 1面トップの記事 | トップページ | 二重化する健康観 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173786/17721785

この記事へのトラックバック一覧です: スコルピオンの恋まじない  :

« 1面トップの記事 | トップページ | 二重化する健康観 »

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。