« 表情の恣意性 | トップページ | 募集には宣伝が肝心 »

2008/01/09

中村屋のあんまん

研究室に新しい書棚を入れた。移動式でたくさんの書籍を収納できるタイプのものだ。通常、家庭で狭い部屋を広く使うために開発されたものだが、これを20個重ねると、ちょっとした閉架式の書棚になって、狭い研究室も広く使える。

ようやく研究室の引越しの順番が回ってきて、2月には全部の本が揃うことになるので、その前に部屋の半分だけでも整備しておこうと考えている。

娘がちょうどこの収納書棚を、自宅の部屋へ購入しようと考えていたらしく、研究室を見学に来るという。夜になってから、研究室にやってきて、メジャーを引っ張り出して、長さを測ったり使い勝手を試してみたりしていた。

そのうち、いくつかの書籍が目に入ったらしく、ここで大学のレポートを書き出しはじめた。こちらも仕事がひとつ残っていたので、最後のひと踏ん張りで終わらせることにした。

さすがに、夜の帰り道は冷えてきて、手足は寒くなるわ、お腹は空くわで、どこかで食料を仕入れようということになった。ところが、弘明寺の商店街の閉店時間は意外に早く、ばたばたと美味しい店が閉まってしまっていた。

娘の提案で、コンビニに寄ることにした。ほかほかの「あんまん」をふたつ買って、冷たい手を温める。

中村屋のあんまんには、思い出がある。小学校時代に信州の松本に住んでいたのだが、父が東京へ出張にいくと、帰りに必ず、この中村屋のあんまんを購入してきた。

たいてい、4個入りか6個入りの厚いボール紙の箱に入っていて、家に持って帰ってくるころには、かなり硬くなってなってしまっていた。当時は、新宿から松本まで、8時間もかかるような時代だったので仕方なかった。

それでも、蒸し器か炊飯釜のなかに入れておくと、すぐにほかほかになって、美味しかった。中村屋の餡には、おそらく胡桃と胡麻が入っていて、香ばしいと同時に練りが効いていた。

だから、父の出張というと、このあんまんを思い出してしまう。思えば、年に数回しか食べることができなかったものが、今日ではコンビニでいつでも手に入ってしまうのだ。昔のアウラは消えてしまったけれども、舌の感触に残る味の経験はまだまだ健在だった。

あんまんを頬張りながら、娘と夜道を歩いた。

« 表情の恣意性 | トップページ | 募集には宣伝が肝心 »

グルメ・クッキング」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173786/17643450

この記事へのトラックバック一覧です: 中村屋のあんまん:

« 表情の恣意性 | トップページ | 募集には宣伝が肝心 »

『貨幣・勤労・代理人』(経済文明論)

  • “「貨幣・勤労・代理人」"

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。