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2008年1月に作成された投稿

2008/01/31

金沢の寄せ鍋

地下鉄に事故があって、新横浜へ着くのがかなり遅れた。最近、鉄道事故が多いのはなぜだろう。おそらく、単に技術的な問題だけではなく、社会的な問題が作用しているものと思われる。原因が乗客にある場合は、とくにそのような気がする。

以前のようなことがあるので、すこし早目に家を出ていたので、新幹線へはちょうど間に合った。昨日まで、朝から晩まで試験監督を行っていて、頭の中がすっかり試験モードになっていたので、ペースの乱れを取り戻すべく、電車のなかではふたつの仕事をこなす。

電車のなかで効率が良いのは、何といっても読書だ。名古屋までにかなり厚い単行本を読み終えることができた。なぜ読書が進むのかといえば、周りから邪魔されずに、まとまった時間が確保されるからである。読書には、ひとりの時間が必要だ。

けれども、どうもそれだけではないらしい。乗客が一緒に乗っていて、電車のリズムに合わせて、目が文字を追っていくのが良いらしい。つまり、自分の状態だけでなく、周りの環境も読書に微妙な影響を与えるのだ。

Ressh1 それから、悪い習慣だが、この時期に必ず発生するのは、採点の期限を守ることができないという問題がある。外でテスト用紙を広げるのは気が引けるが、K大学から催促が着ているので致し方ない。金沢までの残りの時間を採点に当てる。

今回の金沢出張の目的は、大学間の単位互換について調査することにある。チームを組んだSoさんとSiさんに合流して、K工業大学へ向かう。ここには、放送大学の金沢学習センターがあり、W先生とM先生が試験中でお忙しいにもかかわらず、親切にも応対してくださった。

K工業大学のシステムで注目したのは、「ワークブック」を学生に書かせるというものだ。つまり、放送授業では、一方的な授業になりがちなので、要点をうまくノートに残すことをシステマティックに行っている。面白い方法だと思った。いろいろなところに応用できるだろう。

試験が終わるまで待って、調査を収拾すると、すっかり夜になってしまった。K工業大学のシンボルであるLCタワーも、宵闇のなかに消えてしまった。さすがに、気温が下がってきて、寒くなってきた。W先生から教えていただいた店へ直行することになった。

金沢市内には、茶屋街が三つあり、そのひとつが主計町(かぞえまち)で、以前行ったことがある泉鏡花記念館の裏、浅野川沿いに伸びている。その中の一軒が「太郎」でたいへん盛っているらしい。通常は予約がないと入れないが、どうやら最後の客ということで正面の小さな部屋に案内してくれた。

1 「太郎」というは、ここの女主人の源氏名だったもので、「奴」と同じ伝えで、男性名をつけるらしい。仲居さんが来て、どんどん鍋の支度をしていく。注文はお酒だけ聞くだけだ。どうも一見の客にはわからないシステムだ、と話していたら、そうではなく、たいへんわかりやすいシステムだと言われた。つまり、料理は寄せ鍋ひとつしかなく、しかもすべて取り分けることも仲居さん任せにする方法だったのだ。

いまどき、このような労働集約的な割烹は、わたしたちが行くことのできる店ではあまりない。けれども、いかにもゆったりとした金沢ならではの店だと思った。

京風の味付けで、鯛の肉が厚く、カキも美味しかった。最後に、吉備餅が鍋に入って、これも懐かしい味がした。金沢のまちでも駅に繋がるところは、店が閉まるのが早い。最後のコーヒーを飲みたかったが、残念ながら店を見つけることができなかった。

2008/01/27

多難な試験監督

昨日まで大学院の試験が行われていたが、きょうからは学部の試験が始まり、さっそく最大人数が出席する日が来た。学習センター年間歴の日々のなかでも、最も多くの人が来る日である。

わたしの試験監督もきょうから始まる。昨日の原稿書きの静かな一日と打って変わって、喧騒の一日となった。

一般の大学では、講義したクラスの試験監督はその先生本人が担当する慣例であり、人数の多いところでもせいぜい会場をすこし増やすぐらいだろう。ところが、放送大学の試験は全国各地で優に50を超える会場で同時に行われているのだから、ひとりの先生で対応できるものではない。そこで当初から、専任の先生方と職員の方、それに補助者の方がたの総動員体制で、試験監督が行われているのである。

全国に亘っているから、そこには予想もつかないようなリスクが伴うのだ。交通事故が起こったり、雪が降って電車が止まったり、大量の質問が集中したりなどなど。大学入試のセンター試験を行っているのと同等なのだ。こんな大規模な試験を全国で実施しているのは、センター試験を除いたら、予備校の全国模試くらいだ。1大学で実施しているというノウハウだけでも、相当なものだと思う。

最近、S大学が通信制で、学生の本人確認がなされていない、ということが新聞ダネになったが、放送大学では試験の時には必ず本人確認が行われるので、二重、三重にチェックされており、少なくとも一度も本人確認が行われずに、単位をとることができるということは、決して起こらない。

それにもかかわらず、小さな事件はつぎつぎに起こる。1時間目のことだ。収容人数が100名を超える部屋を担当していた。それで、出欠をとって、本人確認を試験中に行わなければならないのだが、当然時間が足りなくなって、受験生の退出時間に間に合わなかった。

それは退出時間を、監督者の権限で遅らせればよいのだが、学生にとってはなるべく早く講義室を出たいらしく、ときどき苦情となる場合がある。そこで、ちょっと冗談を加えたエクスキューズを述べたら、珍しく受けてみんな笑ってくれた。

このようなときには、言葉というものがあってよかったな、と本当に思う。ちょっとした言葉が、その場の雰囲気を変えてくれるのだ。

午後になって、もうひとつ事件が起こった。監督する講義室に入ると、ピーという高音がずっと鳴り続けているのだ。学生の何人からも、指摘を受ける。そこで最初はオーディオの雑音かと思い。すべてのスイッチを切るが、まだ鳴り止まない。エアコンか換気扇かということで、電源を落とすが、やはり駄目である。部屋全体がウェーブのような超音波に包まれているのだ。

まだ始まってそれほど経っていなかったので、最後の手段ということで、試験室を換えてみた。ところが、それでも鳴り止まないのだ。どこかセンターの外から妨害電波でも出ているのか、と邪推したくなるほどだった。

そうこうしている内に、教務のNさんが飛んできて、原因を教えてくださった。いったい、何だったと思いますか?

じつは学生の補聴器の音だったのだ。これはいろいろの意味で、放送大学らしい事件だったと思う。

先日、わたしの耳が悪くなったと、ここで書いたら、皆さんから哀れみのお言葉を頂戴した。しかし、きょうはしっかりと高音部が聞き取れていた。わたしの耳もまだまだ捨てたものではないことを知って、まんざらではない気分だった。他の受験生には災難だったけれど。

2008/01/25

研究会と雰囲気

研究会で何が大事か、と問われるならば、「緊張感を持った雰囲気」と答えたい。

朝、大阪心斎橋のホテルを出て、中之島にあるO大学のセンターへ行く。J研究会は、今年度3回目で最後である。これまでの成果を発表して、3月の論文提出の準備を確認する時期だ。

一年間の積み重ねが、ようやく全体像となって現れる場なので、たいへん充実した会となった。

研究会で重要なのは、もちろん発表内容ではあるのだが、むしろそれだけであるならば、メールのやり取りや、電話の交信に頼ればよいことになってしまう。むしろ、対面しながら議論するのは、そこで内容以上の効果を期待するからである。

以前、議論における集合効果の存在することを指摘し、経済学の「外部性」(本来の取引以外の取引)として考えた。それでも、もちろん良いが、もうすこし範囲の狭い言葉はないだろうか、と探していた。

近年、これらの効果を及ぼすものを、紋切り型のように、「ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)」と呼んでしまっていたが、どうも議論のような場合には、しっくり来ない。ソーシャル・キャピタルだと、やはりコミュニティ規模以上のものに当てはまるような気がする。大きなネットワークの場合に、似合っている。

それでは、もっと小さなネットワークで、効果以上の効果を及ぼすものをどのように呼んだらよいだろうか。経済学のシカゴ学派の人びとは、外部性という中立的な言葉を使うことを極力避けていたが、その理由もやはり小さなネットワークにこだわっていたからではないかと思われる。かれらは、あきらかに「隣人効果」ということを強調していた。

隣近所で起こるような効果であるが、このような合理的な匂いを払拭して、曖昧な非合理な傾向を強調するには、なんといっても「雰囲気」という言葉が似合っている。

きょうも、時には激しく、時には緩やかに、その場の雰囲気が揺れて、議論を活性化していた。けれども、このように包み込んでくるような緊張感がなければ、おそらく8時間もかかって議論する必然性が生まれないだろう。

そのあと、みんな懇親会に出席して、雑談を楽しみ緊張感をほぐしていた。このような緩急をつけて、なおかつ成果を出すような研究会はきわめて稀ではないかと思われる。H先生の雰囲気と、研究会の雰囲気がうまくマッチしていると思った。080125_182401

帰りに、歩いて淀屋橋へ出て、大阪の日銀支店前を通り、地下鉄御堂筋線から、新幹線へ乗り継いだ。家に付いたのは、11時を回っていた。

2008/01/24

ペリーの庭で

最近、サポーター制や栄養調査に時間が取られてしまっていたので、今日になって、ようやく地域連携の運動を開始することにする。頭がこちらのほうへ回り始めた気がする。

神奈川学習センターでは、以前から、K先生の関係や、A先生の関係で、地域の文化施設や社会施設の先生方をお願いして、講義を担当していただいていた。この伝統は、たいへん良いと思い、それを受け継ぐことにした。

といっても、生半可なことでは成就は難しい。そこで、まずA先生に相談して、実績のすでにある横浜市のK資料館に、まずはお願いにいくことにして、昨年から接触を図ってきたのだ。

お昼ちょっと前に着いたので、評判の高いK資料館の庭にある「ペリーの庭で」という喫茶店で、ランチをいただく。雑穀のごはんにクリームシチュー、それにあっさりしたサラダ、食後にコーヒーというメニューであった。

窓際のレンガの敷き詰めた庭が見える、落ち着いた席だったので、時間まで十分休む事ができた。

このK資料館の建物は、がっしりとした石つくりの西洋館で、どこからか移築されてきたのだろう。事務室の入っている館も、昭和初期のものだそうだ。約束していたNさんの案内で、傾斜の厳しい昔風な階段を登っていくと、急に廊下に面して中庭風のベランダがあって、その一角が応接室になっている。開放的な雰囲気がすこぶる快適だ。

たいへん好意的に相談に乗っていただき、いくつかの文化施設の候補も紹介していただいた。じつは、放送大学の「アクション・プラン」のなかで、「知識循環」という言葉が気に入っていて、今回の試みも、この知識循環型になるのではないかと考えている。

できれば、来年度の2学期おそくとも来年の1学期には、この知識循環型のスクーリングを実現させたいと考えている。まだ、実際にはどうなるかわからないが、神奈川学習センターの出来立てほやほやのサポーターの方がたとも相談して、問題をひとつひとつ解決していこうと考えている。乞うご期待。

2008/01/23

スィーニー・トッドと赤穂浪士

ジョニー・デップの映画「スィーニー・トッド」を観てきた。ウィークディにもかかわらず、女性客を中心にして、かなりの人が入っていた。やはり、ジョニーデップの人気が効いているのだろうか。

今回の映画では、19世紀を舞台にしているが、実際のトッドが生きていたのは、18世紀だったらしい。なぜこのような連続殺人がこれまで頻繁に取り上げられるのだろうか。

観ていて、復讐ということが正当化されるのはどのようなときなのか、ということがしだいに気になってきた。それでちょっと、飛躍しすぎだとは思ったが、そのことから、同時代に日本で起こった赤穂浪士の敵討ちと、(かなり異なる点も多いとはいえ、)共通する部分もかなりあると思うようになった。

今回のバートン監督の解釈は、復讐劇だ、という点にある。これまでの舞台や映画の解釈では、殺人劇として描かれたとしても、必ずしも復讐劇ではなかったということだが、この殺人を、もし少しでも正当化できるとしたら、どのような解釈が成り立ちうるのだろうか。

もちろん、スィーニー・トッドは西欧風リベンジ劇という特色があり、赤穂浪士はきわめて日本人的な復讐劇であると解釈できる。似ている点は、いずれも権力側が悪者となって、その中で善人が犠牲になるという設定である。

異なる点は、やはりスィーニー・トッドでは個人的なリベンジが問題とされているが、赤穂浪士の場合には、集団的なリベンジであり、社会正義が問われている。

この筋書きでもよいのだが、ちょっと違和感があったのが、実際に関係ある復讐の相手を殺すのは正当とみなされても、まったく関係ない人をかなりメンチに掛けてしまっているのだ。18世紀から上演されてきて、この点がどのように正当化されて来ているのかが、気になった。

もっとも、映画の出だしのところで、世に生きるものはすべて同じ穴のムジナだと言い切ってしまっており、たとえ死んでもみな同じだと言っているのだが・・・。

それにしても、ここ当分は、床屋での髭剃りは遠慮することにした。

2008/01/22

最終段階の編集会議

放送大学機関紙Oの編集会議が開かれた。10月からはじまった今号の編集もようやく最終段階を迎えた。

今年度はK先生の編集長のもとに、陰の編集長であるFさんがほとんどの実際上の記事依頼から収集、そして印刷まで担当して、たいへんな作業をつぎつぎにこなしてきている。

もっとも、大変だと思われるのは、この機関紙が10万人に配られるということであり、そのことは10万の目で見られるということである。それは、10万の価値観に晒されることを意味しているのだ。10万の異なる視点から観ても、すべて標準以上の満足へ導かなければならないことを言っていると同等なのだ。

今号の取り得は、このような多様で多種な読者の視点を大事にした、ということだろう。その効果は見てのお楽しみだが、放送大学の学生の特徴をたいへんよく掬い取っていると、自画自賛ではあるが、言っておきたい。

とくに、放送大学生の文体の基本は、言ってみるならば、きわめて経験的な文体とでも言えるようなものだと思う。きわめて具体的な現実を突きつける人が多い。けれど、放送大学に学んだ成果と思われるのは、洒落たフレーズをその文章のなかに盛り込むことを忘れない点である。

そのまま見出しに使えるような語句がかならず文章の中にちりばめられている。おそらく、これまでの人生のなかで書いてきた経験がなせる業だと思われる。

それから、各国の公開大学訪問記や放送大学の歴史シリーズも、好調に書き継がれている。それにいつものように、3月号の特色は、退任教員の先生方の言葉である。いずれも、放送大学の歴史を作ってきたという記憶を思い出させるものになっている。

このような内部に流通する紙面には、その内部にしかわからない、特有のジャーゴンがふつう発達するのであるが、表にはそれはあまりあらわれないが、深読みすれば面白い解釈のできる場面がいくつか用意されている。ぜひ謎解き、とまではいかないが、それらの発達したジャーゴンを楽しんでいただきたいと思う。

赤字で塗りつぶされた校正原稿がつぎつぎに大きなテーブルの上に積み上げられた。もうすこし洗練されて、3月には放送大学の関係者のもとへ配布される予定である。もうしばらく、お待ち願いたい。きっと待った甲斐のある紙面が、そのうちお手元に届くことに違いないと思う。

2008/01/19

チームサポーターの集まり

神奈川学習センターのチームサポーターたちの初めての顔合わせが行われた。

申込みがあった方がたよりも、多くの参加者が来てくださって、良いスタートが切れたと思う。

参加した方がたの中には、すこし戸惑いのある方もいらっしゃった。それはたいへん良くわかる。こちらの企画を立てているものすら、最終的な目的ははっきりしているものの、途中どのような紆余曲折が生ずるのかは、まったくわかっていないのだ。

進めているなかで、なんども参加者から、何を目指しているのか、という質問が飛んできた。問題意識がしだいに高まったところで、用意したワークシートにそれぞれの意見を書き込んでいただいた。それをチーム毎に分類し、全体の問題意識を、個別のチームの中で話し合っていただく事にした。

まだ、初対面の方がたなので、チームというにはお粗末で、時間をかけて構築なされたわけではないので、議論もままならないが、そこは放送大学生のことであり、このようなことに経験をたくさん持っている方がたなので、数分経つうちには互いに溶け込んで、早くもすこしずつ成果を出し始めた。

わたしも、「地域活動」についてのチームに参加して、意見のまとめと、新たな提案づくりについて考えを述べさせていただいた。これまで、地域の活動と神奈川学習センターとは、あまり関係を結んでは来なかったが、その点を反省して、今後は積極的に働きかけることにしよう、という提案となった。いくつかの構想が浮かんできたので、次回には具体的な活動が行えるのではないだろうか。

終わってからも、ワークシートの山が残され、ここでの議論の記憶が、第8講義室にまだ渦巻いていた。今後、どのような展開が待っているのだろうか、たいへん楽しみである。

2008/01/18

二重化する健康観

昨年の夏、健康に関する研究会で話す機会を与えられた。そのときに、場所を変えて、同じ話をしてもらえないか、という要請をT先生から受けていた。

きょう、銀座の松屋から築地のほうへ向かったところにある洒落た会議室で、喋る機会をもった。以前と異なる点は、社会疫学でこのところ進んだ知見を盛り込んで、健康に関する消費論に結び付けようという試みである。

成功したか否かはわからないが、講演のあとの質問をみると、一定の問題提起くらいにはなったかもしれない、という反応だった。

話しているうちに、それぞれの健康観の違いや共通点が見えてきて、面白かった。たとえば、健康というのは、日本国憲法にも規定されているように、最低限の保証されるべき社会的権利である、という考え方が定着しているのだが、J大学のW先生は、ずばっと「健康は本来贅沢品だったと思う」、と述べられて、こちらが言い出しかねていたことをおっしゃってくださって、話が弾んだ。

もっとも、現代においては、公的保障があったり健康保険が整備されたりしているので、贅沢の構造が複雑になっているのであるが。

そこで講演会の後になって考えたのであるが、どうも近年、日本人の健康観がたいへん厳しいものになってきているのではないか。たとえば、医療の世界で、エビデンスということにきわめてこだわる人が増えたようだ。

もちろん、病気の原因として証拠があがっているものについて、食べたり飲んだりすることはなるべく避けるべきであるが、絶対的に禁止すべきか否かは、社会のなかでの生活上のバランスの問題として考えたほうが良い場合もあるのではないか。

このとき、おそらく考え方は二重化しているのだと思う。基礎的なところでは、十分に安全で安心できる最低限の健康管理の方法が必要なのだと思われる。けれども、もうひとつ上のレベルでは、十分な情報と知識を与えた上で、健康の対象者は自由に選べる状況がありうるのだと思われる。

ちょっと抽象的な言い方になってしまったが、このようなことがサプリメントや贅沢消費をめぐって問題になった。今回も多くの質問と議論が参考になった。何人かの方がたからは、参考文献もいただけるようであるし、むしろわたし自身にとって講演を行った成果は十分上がったといえる。

2008/01/16

スコルピオンの恋まじない 

映画「スコルピオンの恋まじないを、テレビの深夜映画で観る。数年前のちょうど忙しいときに封切られていて見逃していた1本である。テレビで見るのは本意ではないが、このように忙しいときにちょっと見るときには仕方ないだろう。

W.アレンの得意とするどたばた劇である。最近の作品ように、ナチュラルなドラマ運びとは異なって、アレンの露骨なおしゃべりがそのまま前面に出ている。

今回も、「催眠術」という、些細だが決定的な仕掛けが良く効いている。ふたつ(いくつか)の世界を人間はじっさい生きているのだ。これが現実なのだが、表面的には、あたかもひとつであるかのようにわたしたちは生きている。

けれども、この「催眠術」という作用を用いることによって、もうひとつの隠れた現実を思い出させてくれる。さらに、この「催眠術」による世界を迂回させることで、あり得ないことをあり得るようにしてしまう、というところまで描いて見せている。

ここまでくれば、もう「催眠術」の世界は現実そのものである。「催眠術」はベールのようなもので、それを取り払っても、現実は残る。けれども、ベールがあることで、現実に深みを増す魅力と威力があるのだ。

催眠のきっかけとなるキイワードが、コンスタンティノーブルとマダガスカルというのは、いかにもW.アレンが撮影現場でとっさに思いついた単語のような感じを出していて、アドリブ的な台詞を楽しんでいるのがわかる。

おそらく、アレンの相手役はどの場面でもたいへんだろうと思う。このようなアドリブ的な台詞に臨機応変に対応しなければならないからである。気心がしれる人たちとの場面つくりを行った結果が出ているのだと思われる。

このような意味で、W.アレンの映画は、NYを中心にした映画人たちの共同制作という趣きをつねに持っていて、安心してドタバタを楽しむことができる。だから、アレンの家庭生活は破綻していても、おそらく友人関係は次から次へ発展している様子がうかがい知れるのだ。

2008/01/14

1面トップの記事

先日取材を受けた記事が神奈川新聞1月14日付けに載った。沖縄野菜の写真入りで、でかでかと掲げられた見出し文字が躍っていた。(インターネット版のほうは、活字だけの地味な取り扱いだったが)

http://www.kanaloco.jp/localnews/entry/entryxiiijan0801215/

新聞記者の方が重大ニュースが飛び込まなければ・・・、とおっしゃっていた意味がようやくわかった。1面トップの記事だった。休日だったことでもあり、自宅でお読みになった方は多いのではないかと期待している。

それに地元新聞であるというところが、良いと思う。神奈川学習センターへ、説明会と調査が3回あるので、やはり近いほうが来やすいのではないかと思う。

今回は、放送大学の神奈川学習センターという文字も入れていただいたので、センターの宣伝にも一役かったことになる。世の中、ネットワークの時代なのだ。連結の経済性という、相乗効果が存在するとしたら、このような場合であろう。

ぜひ応募者に結びついていただきたいと願っている。そして、ご覧の皆さんに、再度調査への参加を呼びかけたい。よろしくお願いします。

2008/01/13

修士論文の面接審査

ことしも修士論文審査の季節がやってきた。先生方は、ほぼ一日、面接会場に缶詰状態で、審査が行われる。

どういうわけか、ここ二、三日は寒い日が続いていて、きょうも風が冷たく、30分ほど歩いてきたのだが、すっかり身体が冷えきってしまった。学生の方がたは、寒さにもめげず、それぞれの会場に分かれて、ここ数年間の成果を発表なさっていた。

毎年、電話帳ほどの厚さの論文があるかと思えば、薄いが内容が濃い論文もある。おそらく、日本の大学で一番バライエティに富んだ修士論文が集まると思われる。もちろん、それは量の問題ではなく、内容の問題だが。

それで、審査については、非公開で行われているので、ここで書くわけには行かないが、論文内容については、図書館で公開されたりオープン・フォーラム(修士論文の抜粋論文集)で発表されたりするので、部分的には知らせてもよいだろうと思われる。

審査論文のなかで、いかにも放送大学らしい論文をひとつ紹介したい。F氏が「自動車税の徴税コスト」に関して書いたものである。結論は、現在滞納率がたいへん高い自動車税の徴収方法を改めて、車検更新と同時に納税するシステムを導入すべきだとしている。

この方法を取り入れるならば、もし滞納すると車検の更新ができないので、ほぼ100%徴税することができ、格段の徴税コストを節減できることになる、という提案である。論旨は明解であるし、集めた資料も一次資料で専門的なもので、証拠として十分なものであった。

ここで予言しておきたいが、おそらく数年後には、F氏の言うことが実現されるのではないかと思われる。自動車税徴収については、何らかの改正が起きる可能性が高いと前以て言っておきたい。それほど、実践的な論文であった。

このような経験的な論文は、おそらく他の大学では、それほど見られないものだろう。もっとも、あまりに経験的過ぎると、論文としては価値が減る場合もあるので、注意が必要なのだが。

2008/01/11

募集には宣伝が肝心

募集だらけの世の中になったものだ。

沖縄の栄養調査について、みんな肩入れをはじめた。H先生は、昨日いくつかの近くのコミュニティセンターを回って、ポスターとちらしを配ったらしい。Kさんも、県立図書館、川崎図書館、横浜市立図書館などを回ってくださった。それに、きょうは主だった新聞社に電話をいれて、調査の紹介記事を書いていただこうと奮闘していた。

募集ということがこれほどたいへんになっていたとは思わなかった。結局、世の中募集が多すぎるのだ。どの新聞を見ても、募集という文字を見なかったことはない。だから、新聞に募集の紹介をしていただこうとなると、いろいろと努力がいる。

けれども、やはり「健康」というトピックは、特別扱いで、関心を持ってくださるところが比較的多いといえよう。

夜になって、神奈川学習センターから帰ると、神奈川新聞社から家に電話が入っていて、紹介記事を書くから取材に応じてほしい、という話だった。琉球大のT氏からの依頼ということだった。渡りに船で、さっそく電話を入れると、いくつかの質問が飛んできた。

なぜ神奈川でこの調査を行うのか、なぜ神奈川学習センターがこの調査に肩入れするのか。なにか特別な理由があるのか、という質問であった。一般的な質問はすでにT氏から聞いていたらしく、核心的なことを聞いてきたのだ。

これまで、沖縄中心に行ってきた調査だが、日本の都市部でどのような結果が出るのかが興味あるところだ。それから、放送大学は社会人の大学なので、健康に興味関心の高い人びとがたくさんいるし、集まるだろう、という目論見なのだ。それに、ちょっと口幅ったいが、健康増進に寄与するという社会的貢献にもかなりコミットすることになるにちがいない。

たいへん好意的に取材してくださって、もし重大なニュースが飛び込まなければ、今週末にも紹介記事を載せてくださるとのことだった。たいへん有難いことで、感謝感激である。このようなときに効くのが、やはり新聞であり、テレビやラジオのようなものは、一時的過ぎて、なかなか参加者にまでは結びつかないだろう。

今回の新聞記者S氏は、言葉に敏感な方で、学会での「健康格差」の話題などをお話しすると、興味を示してくださった。ひところの「経済」というトピックはたいへん人びとを惹きつけたのだが、現代においては、それに変わるのが「健康」ということになるのではないだろうか。

2008/01/09

中村屋のあんまん

研究室に新しい書棚を入れた。移動式でたくさんの書籍を収納できるタイプのものだ。通常、家庭で狭い部屋を広く使うために開発されたものだが、これを20個重ねると、ちょっとした閉架式の書棚になって、狭い研究室も広く使える。

ようやく研究室の引越しの順番が回ってきて、2月には全部の本が揃うことになるので、その前に部屋の半分だけでも整備しておこうと考えている。

娘がちょうどこの収納書棚を、自宅の部屋へ購入しようと考えていたらしく、研究室を見学に来るという。夜になってから、研究室にやってきて、メジャーを引っ張り出して、長さを測ったり使い勝手を試してみたりしていた。

そのうち、いくつかの書籍が目に入ったらしく、ここで大学のレポートを書き出しはじめた。こちらも仕事がひとつ残っていたので、最後のひと踏ん張りで終わらせることにした。

さすがに、夜の帰り道は冷えてきて、手足は寒くなるわ、お腹は空くわで、どこかで食料を仕入れようということになった。ところが、弘明寺の商店街の閉店時間は意外に早く、ばたばたと美味しい店が閉まってしまっていた。

娘の提案で、コンビニに寄ることにした。ほかほかの「あんまん」をふたつ買って、冷たい手を温める。

中村屋のあんまんには、思い出がある。小学校時代に信州の松本に住んでいたのだが、父が東京へ出張にいくと、帰りに必ず、この中村屋のあんまんを購入してきた。

たいてい、4個入りか6個入りの厚いボール紙の箱に入っていて、家に持って帰ってくるころには、かなり硬くなってなってしまっていた。当時は、新宿から松本まで、8時間もかかるような時代だったので仕方なかった。

それでも、蒸し器か炊飯釜のなかに入れておくと、すぐにほかほかになって、美味しかった。中村屋の餡には、おそらく胡桃と胡麻が入っていて、香ばしいと同時に練りが効いていた。

だから、父の出張というと、このあんまんを思い出してしまう。思えば、年に数回しか食べることができなかったものが、今日ではコンビニでいつでも手に入ってしまうのだ。昔のアウラは消えてしまったけれども、舌の感触に残る味の経験はまだまだ健在だった。

あんまんを頬張りながら、娘と夜道を歩いた。

2008/01/08

表情の恣意性

朝、神奈川学習センターへ向かう道が工事中であった。昨日通ったときには、正常であったので、急遽決まったのかもしれない。

と思いつつ、道を歩いていると、道の奥のほうで、中年の男性が工事の警備員と話していて、急に話を打ち切って、こちらへ向かって歩いてきた。

何となく嫌な予感がしていたが、当たってしまった。どうやら警備員に、なぜ工事が急にはじまってしまったのか、問いただしていたらしい。確かにこの道を迂回するとなると、かなりの遠回りを余儀なくされる。

そして、その男性は、きっとした顔をして、わたしを睨みつけたのである。警備員との話を終わらせて、すぐ顔をこちらへ向けたので、感情を転換する余裕がなかったのだろう。怒りがそのまま顔の表情に表れてしまったのだ。ひとはそれほど感情を統制できるものではないことを、これほど如実に示した例はないだろう。

わたしのほうこそ、いい迷惑だ。何も関係ないのに、怒られてしまった気分である。朝の爽快な気持ちが、この一瞬に吹っ飛んでしまった。

何を言いたいのかといえば、「表情」である。先日、駅伝で追い抜かれた選手の表情について書いたが、これが意外に不評で、妻からクレームがついてしまった。その選手は、抜かれることを知っていたのだ、という解釈で、だから飄々とした表情をしていたのだと言う。

諦めていた表情なのか、それとも意外で拍子抜けした表情なのか、見解が分かれた。F先生によれば、身振りは人間の最初のシンボルだと言う。表情も身振りに近いと解釈すれば、選手の表情は「シンボル」的であり、シンボルであるからには多義的なのだ。いくつもの解釈を内包した表現として、彼の表情はあったに違いない。

工事に怒った中年男性の表情は、明らかに怒りの表情であったと思われたが、本人は違うことをすでに考えていたかもしれない。ただ表情だけがそれについていけなかったに過ぎないのかもしれない。だから、怒りの表情も実際のところ異なる意味を持っていたのかもしれないのだ。

怒りを他の人に向けようとしていたのか、それとも、つぎの感情が現れる前の表情であったのか、それは今となっては想像してみるしかないだろう。このとき、わたしの表情が笑っていた表情だったら、おそらく彼はさらに怒りの表情を継続させることになったと思われる。小学校時代に、表情が現すコミュニケーションについて、あまり敏感でなかったために、手痛い報復を食らったことがあって、思い出してしまった。

2008/01/07

チラシ・ビラ・ポスターを配る

先日この欄で宣伝した神奈川学習センターで行う「沖縄料理の栄養調査」に参加するボランティアを募るために、久しぶりにポスター貼りとビラ・チラシ配りを行う。

4年ほど前までは、神奈川学習センターで機関紙を発行していたので、その宣伝活動でたびたびポスターつくりを行ったり、ビラ配りをしたりしていたので、経験がないわけではない。

けれども、このところ数年間は、まったく行っていなかったので、なんとなく勝手がうまくいかない。きょうは、近くの区役所へいって、ポスターを貼らせていただく。内容については、かなり知っているつもりなので、説明を求められればそれにお答えするのだが、なんとなく気が乗らない。

なぜかと言えば、ちょっと勝手過ぎると思われるかもしれないが、自分の作ったポスターを貼るのか、それとも他人の作ったものを貼るのかで、やはり違うことがわかった。ポスターやチラシには、その宣伝する人の個性や特色が如実に現れるのだ。したがって、貼り出すことをお願いするときの押しの強さがそこで出てしまうのだ。

ポスターのデザインが悪いわけではない。むしろユーモアがあって、好ましいポスターである。それにもかかわらず、それを宣伝する上で、気分が出ない。もちろん、わたしの性格がこのような事に向いていないわけではない。区役所の担当者にも宣伝して、興味を持ってもらうことにも成功した。だから、気が乗らないというのは、単にチラシ・ポスターが自前のものでない、ということに起因している。

じつは、わたしの研究室には、ある無名のピアニストのチラシが貼ってある。これが素晴らしいのだ。さぞかしピアノの音も良かったに違いないのだと期待を持たせるようなチラシがありうるのだ。

それから思い出したが、英国のケンブリッジに行ったときに、泊まったB&Bにおいてあったトリニティ・カレッジの聖歌コーラスのチラシ(Fliers)も、シンプルで素敵だった。単に黄色の厚紙に、トリニティのシンボルが掲げられて、その下に日時などの必要事項が記されているだけだったが、きわめて単純に宣伝効果をあげているチラシだったのだ。

もしこのようなチラシ・ポスターだったら、本当に身を入れて宣伝活動を行うところだ。やはり、デザインというのは、大切だと思う。その宣伝にぴったりあうようなチラシやポスターがあれば、自ずと説明にも身が入るのだ。宣伝は、かなりの程度、その本体を反映する、と言ってもいい、と考えている。

2008/01/06

「追い抜かれることの長い時間」について語るときに     僕の語ること

スポーツについては、きわめて不調法なので、これまであまりこの欄でも取り上げてこなかった。けれども、1日、2日に行われた箱根駅伝については、話題に事欠かない。

何回か劇的な追い抜きの場面が見られたが、そのなかで娘が応援していた大学の学生がいて、どうやら決定的なところで追い抜かれたらしい。妻も娘もかなり悔しがっていた。

そのときの選手の顔の表情が印象的だった。それまで、ずっと自分のペースを守ってきていて、それだけならば、そのまま自分の走りをして、確実に距離を消化でき、無事たすきをわたす事ができるはずだった。何事も起こらなかったはずであった。表情は、そう語っていた。だから、追い抜かれるという状況が信じられないし、自分のなかの想像の世界では、ありえない事態なのだ。

だから、ここで頭の中を変換して、状況に機敏に対応できていれば、たぶん表情は変わっていたのだと思う。なぜ表情にこだわるのかと言えば、じつはわたしのなかにも、この表情の経験があるのだ。

それは中学校最後の運動会で、リレーに出て、見事に追い抜かれてしまったときだ。リレーに出るくらいだから、今から考えれば、おそらくクラスのなかでも足の速いほうだったに違いないのだ。だから、まさか追い抜かれるとは思わなかったのだろう。

追い抜かれる瞬間の感覚は、交通事故で車に追突されて、時間が止まる感覚に似ている。つまり、その現場だけ、時間が極端になが~く感じるのだ。スローモーションの写真を見ているように自分だけが遅く、周りが速く動く。自分の追い抜かれるという感覚が1秒のなかに1時間分凝縮されて入ってしまい、他のことが考えられなくなってしまうのだ。目のなかには、追い抜かれる場面だけしか入ってこない。

だいたい、時間が長く感じるときは、何か悪いことが起こっている場合が多い。つまり、周りはずっと速く動いているのだ。このとき、周りと同調できれば、おそらく追い抜かれることは回避されるのだが、なかなか口で言うほど、現実は甘くない。

人生のなかで、この感覚については数えるほどしか覚えていないのはなぜだろうか。おそらく、追い抜かれても、それはすぐ終わってしまうか、追いついてカバーするかしてしまうからなのだろう。また、追い抜いたこともたくさんあったのだが、こちらのほうは終わると同時に忘れてしまうのだ。

このつぎからは、すこし追い抜かれることを楽しんでみることも必要ではないかと考えている。折角、他の人よりも、長い時間が与えられるのだから、そこで他の人には考える事のできない時間をたっぷりともらったということではないだろうか。

競走や競争をしていて、その場面で観照に入ってしまうのはまずいが、それが終わって落ち着いたら、楽しんでもよいだろう。O先生ご推奨の村上春樹も言っている。「本当に価値のあるものごとは往々にして、効率の悪い営為を通してしてしか獲得できないものなのだ。」

2008/01/04

「初」展覧会

ことしの展覧会の「鑑賞初め」は、ブリヂストン美術館となった。上野のムンク展を観に行って来た妻と、丸善で待ち合わせて、八重洲の京橋にある美術館へ行く。

途中、八重洲地下街に古本屋さんを見つけた。マーシャルの旧版大塚訳『経済学原理』全5巻が2000円で出ていた。他にも、昨年出た本で、第3セクター関連の本などが、要領よく並んでいて、これなら十分、東京駅という費用がかかる場所でも収益があがるな、と狭い場所での品揃えに感心したしだいである。

ブリヂストン美術館は、結婚してすぐに、ルオー展を観に来たところで、強く記憶に残っている。そのときの印象が素晴らしかったので、きょうもルオーはとりわけ見入ってしまった。

1925年制作の「赤鼻のクラウン」は、いつものように何層にも積み重ねられた絵の具の量もさることながら、その黒い重厚な線があらわす存在感にしばし見とれた。この黒い絶対的な輪郭線が、存在と非存在を描き分けている。わずかに見える緑の圧倒的な余地が少しばかりの余裕をあらわしているが、それ以外は極めて厳しい状況に迫られている。まわりの世界との段違いの格差を創りだしているのだ。

1935年制作のマティス「青い胴着の女」は、今日でも現代的だな、と思わせる一枚だ。わたしにとって、マティスは観るたびに解釈を変えさせる何かを見せてくれる。現実を解体していき、そのバラバラなものをひとつひとつ再構成していく手順の良さと、そのリズム感ある造形の見事さは比類のないものだ。とりわけ、色と形全体の明るさとが心地よい。自由さがあふれているのだ。

そして、数々取り上げたいものを押しのけて、印象に残ったのは、1878年制作のピサロ「菜園」であった。これは意外であった。そこに何かがあるのだが、それは白さなのだ。その白さは、壁であり、建物であり、木々であるのだが、全体として白いのだ。まるで世界全体に白さが混じっているとばかりに存在している。この最初の白さが大事なのだが、つぎにその白さに何かが加えられつつ、削減されていく。

解体と再生、あるいは創造と模倣、どちらの解釈も近代以降のパターン化の方程式なのだが、それらが最終的に落ち着くという保証はない。けれども、ここまでの調整がうまくいったものが、きょうたくさん観られたことは幸いだった。ことしも豊穣な1年になることを願っている。

今月から来月にかけて、関西と北陸出張が3回続く。そこで、いつもの旅行会社で、新幹線と宿の手配を済ませる。お正月のプレゼントで、一日乗り放題の大阪市内交通券をもらうが、観光ではなく用事で行くので、回って歩く時間のないのが残念なところである。

2008/01/03

沖縄チャンプルースタディーズ募集

昨年の12月2日に予告した栄養調査の詳細が固まり、大々的に募集を行うことになった。琉球大学の行う「チャンプルー・スタディーズ」HPは、以下のところをご覧いただきたい。

http://w3.u-ryukyu.ac.jp/chample/

また、ここには、詳細な紹介や応募用紙も掲げられているので参照し、ぜひ下記へ問い合わせいただきたい。

お問い合わせは、
琉球大学医学部医学科環境生態医学分野
チャンプルースタディー4事務局
chample.jp@gmail.com
または、FAX:098-895-1412

ポスターは、http://w3.u-ryukyu.ac.jp/chample/PosutarChample4.doc

沖縄の料理が宅配便で送られてくるほか、血圧計なども準備されます。お医者さん、看護婦さんたちもたくさん参加する本格的な調査なので、ぜひ連絡してみていただきたい。

簡単にいえば、1ヶ月間沖縄料理を食べていただいて、その前と後の栄養にどのような変化があったのかを調査するものである。個人の調査結果と、現在の栄養状況については、本人には知らされるので、無料で栄養調査を行ってもらえることになる。

自分の健康状態について、どのような状況にあるのか知りたい方、沖縄の料理に関心のある方、などにはお勧めしたい。多くの方が参加していただける事で、こちらの調査もよりよいものになると思う。(成り行きで、わたしも後援ということになったので、よろしくお願いいたします。)

2008/01/02

初詣

太陽の暖かい日に誘われて、初詣に出かける。バスを待つ間にも、光線が当たるところとそうでないところの温度差がかなりある。ちょっと年寄りじみているが、待つ間にも、乗客は日向を選んで並んでいる。

目的の神社は駅から数分歩いたところにあるのだが、すでにここでは車が行列をなしていて、駐車場待ちで、数十分かかるらしい。徒歩を旨とするわたしは、このような自動車のなかで待つ心境というものを、あまり理解できない。三が日のお参りに自動車で来るような距離の人は、どのような事情があるのかと思ってしまう。

おそらく何人かの方は、身障者を抱えていて、車椅子の人を移動させる必要があるのだろう、と推察できる。境内では、車椅子の老婦人が家族を待っていた。

このためだろうか、近年はボックスカーが増えていて、駐車場でも停めるところに苦労するらしい。整理する警備員が大活躍の「神社」というは、なんとなく自己矛盾の塊のような現象だな、と思われるのだが、何のためのお参りなのかを問いだしたら、それこそ自己矛盾の大塊なので、これ以上追究しないことにする。

近くのK神社には、おととし初めて出かけて、現世的な効能がほんとうにあらたかだった。もっとも、昨年は、それこそ神頼みのことが目白押しだったが、初詣には来なかった。元日早々原稿提出だったのだが、なんとか自力で解決することができた。

ところが、ことしは、あっさりとまた、「現世的な効能」を求めて、やってきたしだいである。わたしの初詣観は、極めて現実的なところにあることがわかった。

K神社の成り立ちをみると、わたしのような現実派が形成してきたことがわかる。かなり古く、今から1200年前ほどに「素盞嗚尊(すさのおのみこと)」が祀られたことにはじまる、とされているが、その後K神社のHPによると、

下総天満宮(しもうさてんまんぐう)・・・・・・菅原道真公(学問・天災除の神)
嵯峨大地主神社(さがおおとこぬしじんじゃ)・・土公神(地震除の神)
天地神集神社(あめつちかみつどえじんじゃ)・・八百萬神
難波塞神社(なんばさいじんじゃ)・・・・・・・疫病除の神
江戸湾金刀比羅宮(えどわんことひらぐう)・・・金刀比羅大神(海上航海安全の神)
三峯神社・・・・・・・・・・・・・・・・・・・三峯大神(盗難除の神)
古峯神社・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日本武尊(勝負事の神)
市神之社・・・・・・・・・・・・・・・・・・・夷  神(商売繁盛の神)
浅間神社・・・・・・・・・・・・・・・・・・・浅間大神(子育て・子守りの神)

などの現世利益の神々を合併・統合しつつ、今日の繁栄をみているとのことである。とりわけ、八百萬神が祭られているにもかかわらず、各専門の「学問の神」、「商売繁盛の神」など、みんなをひきつける神様方を総動員しているところに「経営」としても苦労してきたあとが見える。

金刀比羅大神(海上航海安全の神)には、ここが海岸に面していたころの名残がある。さて、ことしは腕によりをかけて、お参りをしてきたので、霊験あらたかであることは、これで間違いないところだろう。母が絵馬に願い事を書きたいというので、孫へのメッセージを託し、本殿脇に結んできた。

以前、大阪の住吉神社へ行ったときに、夥しい絵馬が掲げられており、その言葉がたいへん面白かったので、読んで回ったことがある。それに比べると、K神社の絵馬の言葉は、○○大学絶対合格、無病息災、家内安全など、きわめて切実過ぎるほど目の前の願いに限られている。

帰りに、ここへ来る楽しみの一つである、美味しい甘酒をご馳走になった。その後も、参拝者は引きもきらず押し寄せていて、平安な今年の正月を実感した。

2008/01/01

カード・ゲーム

一年の始まりは、快晴だった。けれども、天候とは関係なしに、午後から妹夫婦が来て、いつものようにカード・ゲームに興じる。正月ならではの有意義な時間の始まりだ。

たぶん、カード・ゲームは目的でもないし、過程でもない。だから、みんなが集うのは、カード・ゲームのためではないことは事実だ。けれども、毎年かならず集まると始まることになっていることも事実なのだ。

ならば、楽しみのために、カード・ゲームを行うのだろうか。カードが楽しみというよりは、カード以外の楽しみのためなのだろうと思われる。つまり、部分的には、ある程度当たっていて、カードと一緒に会話を楽しんでいるのだ。

マージャンと比べてみると、カードとの違いは明らかだ。マージャンでも、ゲームと会話を楽しむが、ここには明らかに目的意識があって、そのために集まる場合が多い気がする。けれども、カードは自然発生的にゲームになるのだ。すくなくとも、元旦のゲームはいつもそうだ。

小学校時代だったが、正月のカードには、チリヂリになっていた家族が、そのときだけ集まるという意味があった。いつもはビジネスに忙しくむずかしい顔をしていた祖父も、このときばかりは孫たちに囲まれて、終日カードに付き合ってくれた。わざと負けてくれたことも何度かあった。つまり、勝負が大切なのではなく、みんなが団欒を囲むこと、そのことが重要だったのだ。

先日読んだ本のなかで、カード・ゲームについて興味深いことが書かれていた。米国社会では、友人が集まってカードに興じる習慣があった。それは1960年代まで上がり調子で盛んになって、70年代以降になって減少していくのだ。これは、きままなゲームの話なので、それに社会的な傾向があるとは言いがたいのだが、ここにはおそらくその本の著者パットナムが主張するように、近年になって、友人間を結ぶネットワークが衰退してきたという兆候を見ることができるだろう。

習慣の違いはあるかもしれないが、なんとなくこの衰退の兆候は理解できる気がする。我が家のこの好ましい習慣も、もし崩れたら、何かがおかしくなっていることをあらわすような気がするし、これが続く限りは、平穏な正月が続くような気がする。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。