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2007/12/13

古楽器はなぜ復活されるのか

渋谷で年末だと思えるのは、やはりなんといっても、「救世軍」の社会鍋が出たときだ。大太鼓にチューバで、わざと調子をはずしたと思える「諸人こぞりて・・・」を唱っていて、周りのせかせかした雰囲気と異なる空間を作り出すときだ。

きょうも、中年の女性のかたが声を張り上げていた。グレイの帽子とフェルトの制服が、以前はみすぼらしさを反映しているように思えたが、きょうじっくりと見ると、たいへん暖かくみえて、時代が変わったのかという感じだった。

妻がバッハ・コンサートの券を持ってきた。珍しい楽器でチェロ組曲を演奏すると言うので興味深々で、久しぶりの音楽会に出かける。

寺神戸亮演奏による「バッハ無伴奏チェロ組曲4番と6番」である。この6番はバッハによって、「5弦」でと指定されていて、古楽器ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラで演奏するという演奏会なのだ。

この楽器は、演奏会の説明書によれば、「肩のヴィオロンチェロ」と呼ばれ、肩で水平に構えて演奏される。ビオラとチェロの中間的な大きさで、音もバイオリン族の低音部を受け持つ楽器だということである。

なぜこのような中間的な古い楽器を、現代において演奏するのだろうか。もちろん、奏者の寺神戸さんはその魅力をたっぷりと示してくださったから、感覚的にはわかる。けれども、聞いていて、なるほどと思ったのは、組曲6番の解釈がまるで異なるのだ。

チェロで弾く時には、ろうろうと、という感じなのだが、ヴィオロンチェロの場合には、ころころころ(ちょっと違うかもしれないが)という感じで、細かい感じがするのだ。

何が言いたいのかというと、おそらくヴィオロンチェロが廃れて、チェロが残ったということに現代的な意味があるということだ。曲の原型は、ヴィオロンチェロの表現するほうにあったのだが、チェロが発達するにしたがって、低音部でろうろうと弾くような、カザルス・タイプの奏法が生き残ってきたのではないだろうか。

古楽器はなぜ復活されるのか、ということの意味が、ここにあると思われる。つまり、元のかたちを復元して、比較し、どのように変わったのかを反省する材料を与えてくれるからである。

と言って、帰りの宇田川町を歩いたら、妻が怪訝そうな顔をしていた。お腹が空いたので、子どもたちが生まれる前にはよく入った台湾料理の「麗郷」で、これも久しぶりの「腸詰」をとって、特有の太い麺の「焼きソバ」をつっついた。

昔はこれに「蜆(しじみ)」をとって、時間をじっくり掛けて、話をしつつ料理を食べたものである。きょうも、団体客がこの「蜆」の山ほど盛り付けられた大皿をとっていた。

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