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2007/12/08

椿三十郎、四十郎、五十郎

リメイクというのは、椿三十郎の台詞を借りれば、四十郎、五十郎と齢を重ねることである。

つまり、本人は同一人物であるのだが、10年も経てば異なる人間といってもよいくらい人物の性格は変わるかもしれない。同様にして、映画のリメイクについても、古いと同時に新しくなければならない。これがリメイクの条件である。

前作がヒットして、今回作り直してもヒット間違いなしという作品に対して、この手法は使われる。前作のヒットから離れることなく、前作と異なる作品を作らなければならない。だから、リメイク版では、単にヒットを新しく狙うのではなく、前作のイメージを利用しつつ、新たな試みも加味しなければならない。

さて、問題は今公開中の映画「椿三十郎」である。黒澤明監督作品では、三船敏郎主演で、仲代達也、加山雄三などが出て、このイメージを崩したくない、というので、観るのを控えていた。社会と経済カンファレンス室でも、金輪際観ません、と宣言していたばかりである。

けれども、今回の織田裕二主演の映画が、わたしと同世代の監督森田芳光によって製作されてヒットしている。これは、なぜヒットしたのかを、消費文化論の点からも確かめておく必要があるということで、駆けつけたしだいである。

観る前の予想では、やはりシナリオが良いからだ、ということが理由になると考えていた。前作のシナリオに、かなり忠実に作られていて、前作を超えようとして失敗作をつくる愚を懸命にも避けている。

おそらく、新たに観る人を狙うと同時に、前作を見た人もイメージを壊すことなく観てもらうことを狙っていることは確かだ。だから、前作との差異は、意外なところ、細かいところになる。(これ以降は、すでに観た人だけ限定)

ひとつは、最後の決闘場面である。前作は凄かった。クラスでも語り草になったのが、血がどばっとどころでなく、どううううううううう!(ちょっとO氏のを真似したかった)と出る場面で、これは裏でポンプを使ったのだ、ともっぱらのうわさだった。

それに対して、今回は血の出る「結果」ではなく、それにいたる「プロセス」を見せている。(これはAさんの解釈だが・・・)つまり、技巧的な場面にして、特色をだしている。至近距離からの鍔迫り合いから、最後は剣を取り替えて刺しとめるシーンとしている。ここにはかなりの工夫が感ぜられる。けれども、やはり迫力の差は歴然としている。

もうひとつは、奥方の演技である。今回の中村玉緒はやさしさを前面に出していた。やはり、現実の姿がイメージされて、苦労した人というイメージなのだ。それに対して、前作では、入江たか子が演じていて、包容力という点で、映像を圧倒していた。干草に後ろ向きに倒れ掛かる場面における、世界を信じきった存在感というものは、他の女優では演ずることはできないのではないか。

また、三船を土台にして塀を越える場面で、あの背中がしなる重量感は、圧倒的であり、あの存在感があったからこそ、それと仲の良い伊藤雄之助演ずる城代家老睦田もチラッと出ただけなのに、すでに映画の登場人物として確立されていたのだ。

あの役を将来第三のリメイクで演ずるのは誰なのだろうか。宮沢りえがもっと太ったら演じさせてみたい気がするが、あとは思い浮かばない。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。