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2007年12月に作成された投稿

2007/12/31

ことし最後の珈琲

思いがけない風邪のせいで、集中講義から帰ってきてからの予定が崩れてしまった。もっとも本来、この時期に仕事をいれていたのが、世間のルール違反であったのだから、天罰がくだったものと、年末の反省もこめて、恐れ入って運命を受け入れたしだいである。

修士論文の締切が先週あり、論文の整理が終わったと知らせが入った。多くの冊子を受け取らなければならなかった。これが遅くなって、大晦日に幕張本部へ取りに来る破目になってしまったのだ。

いつもの正門の守衛さんに聞くと、きょうは職員の方も何人かいらっしゃっているらしい。さらに、先生方も少なからず建物へ入って行ったとか。どなたでしょうね。

先生という商売は、いわゆる「スコーレ」に由来しているから、余暇を旨とする運命にあることは意識しなければならないとしても、この余暇を作り出すためには、日ごろ他人にはいえない努力をどこかでしなければならない。それが辛いところであるのだが・・・。

この調子だと、正月早々の明日もきて仕事をする先生がきっといるのだろう。修士論文を受け取って、研究室に戻り、近所の研究室の窓をみると、ところどころに明かりがついていた。通常はこのような苦境の影すら見えないものなのだ。大晦日にならないと、わからないことなのかもしれない。ご苦労様です。

読み残した数冊の論文を抱えて、放送大学の隣にある「カルフール」のワイン市へ寄る。年末にはやはり、シャンパンか、スパークリングワインが似合うようである。特集をやっており、安いけれども、豊富な品揃えがみられる。ボルドーワインは先日買ったので、イタリアの値ごろのスパークリングワインと、スペインの赤ワインを購入。

ことし最後のコーヒーは、11月の講演会でお世話になった「タリーズで1杯いただく。さすがに、悠長に本を読みながら、1服しているのはわたしだけで、あとは深夜の映画を楽しもうとするカップルしかいない。

ここから見る幕張の駅前広場では、いつもは賑わって、電車に乗る客や、長距離バスにのる客が列を成しているのだが、さすがにきょうは閑散としている。日本や世界の各地から来て、また散っていく、その駅前広場をぼんやりと眺め、2007年の短い一年間を振り返った。

2007/12/25

音のない世界

健康診断から尾を引いている問題で、難聴がある。ところが、今日ふっと目覚めると何も聞こえないという不思議な感覚に陥った。

中央線の特急列車の中で、トンネルを抜けて、眠いなと目をつぶるとすっと眠りに入ったところまでは良かったが、どうも起きてからが変だ。電車のゴットンゴットンという、いつもならうるさいくらいに聞こえてくる電車の震動音が耳にまったく入ってこないのだ。電車は、何の抵抗もない、超伝導車(といっても、超伝導の電車にまだ乗ったことはないのだが、いかにも震動が無いように思える。)のごとくに、滑るように空中を走っている。

耳が聞こえないことに気づいたのは、回りの人びとの話し声すらもまったく聞こえなかったからである。ああ、ついに来るべきことが来たのか、という気分であった。健康診断のときに予兆があったので、心の準備は出来ていた。(一時的なものなので、ちょっと大げさかな。)

覚悟を決めてしまえば、雑音・騒音がまったく聞こえない世界というのは、かえって快適かもしれない。もちろん、日常の生活には支障があるだろうが。このときはまだ幸いなことに、授業に向かっているのだという自覚が欠如していたのだ。

けれども、しばらくして、八王子、そして大月を過ぎ、山梨県に入ってくると、車内販売のおねえさんの声がかすかに聞こえてきた。どうも、やはり右がだめで、左は多少良くて雑音は聞こえないが、すこしの人の声ならば、聞き分けられることがわかってきた。授業では、事情を話して、すこし大きな声でお願いしてみようと決め、気が楽になった。

それにしても、耳が聞こえないということは、同時にこれまで激しかった耳鳴りも聞こえないことがわかり、この点ではよしよし、という気分だった。それに、いつもは何でもないことなので聞き逃していて、今回気がついたことがある。先ほどのゴットンゴットンという音は、音の感覚だけではなく、レールに繋ぎ目があるという情報を与えていたのだと思い知る。

このことから類推できる事は、おそらく、耳が聞こえなくなれば、視覚、もしかしたら触覚や味覚にまでも影響を与える事になるだろうということは想像できる。つまり、感覚全体の再編成を行わなければならないのだ。このとき、聴覚をうまく補うことができる再編成ができるとそれまでとあまり変わらぬ生活ができるに違いない。

それにしても、毎日老人が増え、確実にわたしのように耳が聞こえない人が増え続けてきているのだ。このような音のない世界は慣れてしまえば、それと付き合っていくしかない世界であり、今後も可能性のひとつの世界でありえる。これとまともに付き合うべきときが近づいていることを今回は思い知らされた。

ベートーベンは、20歳代から耳が聞こえなくなったといわれている。たぶん耳硬化症で声を聞くことができなくなったらしい。このとき、おそらく絶望したと思われるが、その後何らかの方法で音楽を創造する「耳」を発達させていったと考えられる。それがどのような方法だったかは想像できないが、残された音楽がそれを語っている。

そういえば、音のない世界に接する機会が一度あった。やはり、小学校時代の経験である。このとき、どうも中耳炎にかかっていたらしく、健康診断で難聴を指摘された。それで、近くにあった信州大学の病院へいって、聴力のテストを行った、これが聞こえないのである。中耳炎だったので、それが治ると、聞こえるようになったが、それ以来人の声が聞こえていないのではないかという強迫観念がある。

おそらく、妻の声がいつも聞こえないのも、このときの強迫観念がゆり戻してきているからに相違ない。妻ばかりでなく、他の人の声も聞こえなくなるならば、そのための準備を行っておかなければならない。とりあえず、今ここにある危機、今日これからの講義のことがまず先決問題だ。

2007/12/23

行事の微熱

なにか大事な行事があると、かならず微熱が出る。そしてむしろ、すこし熱があったほうが身が入るという悪い癖がある。

きのう辺りから、鼻がむずむずしてきて、きょうはきょうで喉にまでそれが降りてきている。明後日からは、甲府へ集中講義で出かけなければならない。

それで、このような癖が出るようになったのは何時なのか、と考えてみた。思い当たるのは、松本に住んでいた幼稚園時代だ。家からひとりで外へ出るようになって、行事ということが押し寄せてきた。

その幼稚園は、小さなときから何でもやらせると、いろいろなことの開眼が速くなる、という早期教育を旨としていた。そう聞くと、今日のお受験の権化のように聞こえてしまうが、そうではなく、幼稚園の先生方もみんなやさしく、知らず知らずのうちに惹きこまれたように思う。

たとえば、一茶の俳句を300句覚えさせられた。毎朝、誰かが当てられて、暗記をテストされたが、みんな進んで覚えて苦痛だった記憶がない。それから、楽器をひとつ覚えさせられた。これも最初は楽しかった。そして、その成果はクリスマス会などで発表させられた。先日書いたように、絵画も盛んに行われた。

こう思い出してみると、幼稚園時代にはやはり行事が目白押しだったのだ。それで、微熱が出るほど、一生懸命になったのだ。

微熱は、時として、気持ちが良かった。ふとんに入って、熱っぽい身体を丸めて、冬の朝寝坊する。行事の緊張感と、微熱の夢とは好対照であったが、変なバランスが取れていたような気がする。

先生も、微熱が出て、鼻血が滲んでいる子に無理強いはできなかっただろう。だから、微熱は一生懸命のときには、他の子と一緒になる印であったが、ひとたびダウンしてしまうと、やはり他の子から離れる感覚をあらわしていた。すこし距離感があったほうが、むしろ行事を冷静に観る事ができた。

明日は、微熱と対話をして、行事のまえの一日を静かに過ごすことにした。

2007/12/20

補講の楽しさ

昨日飲んだアルコールが未だ身体に残っていて、頭痛がする。このような事態は最近では珍しい。年が押し迫ってきて、すでにK大の講義も12月の最終日である。きょうは特別の補講日に当たっている。残ったアルコールでも燃料にして、もうすこし燃えなければならない。

大学へ行ってみると、かなり閑散としていて、すでに学生たちは冬休みモードに入ったようだ。補講日というは、かなり無理をして設定されていて、月曜の講義日のものを木曜日に行うのだから、木曜日の補講とかち合ってしまうのだ。

だから、当然出席率は悪くなる。と思っていたら、そうではなく、学生はすでに冬休みになっているから出席率が悪いのだ。けれども、学生のなかには熱心な人もいて、昼間はかち合っているから、夜の講義に出てもいいですか、と言う。このような学生もいるので、残念ながら割愛するわけにはいかない。

講義は、余暇論についてであったが、最近は「労働時間の短縮」という総体的な問題ではない点が焦点となっている。学生の関心は、なぜ短時間労働のパートタイマーや派遣労働者がふえていて、なおかつ、なぜ常雇用の長時間労働が増大しているのか、ということにあるようだ。

いずれにしても、かつての単純な労働時間短縮論で、余暇問題を論じることは現代ではリアリティに欠けてしまう事態となっている。平均値として、労働時間が減少していても、それは単に短時間労働者が増えているだけに過ぎないのかもしれないのだ。

K大では、教員には5ヶ月間、50冊の図書貸し出しをしてくれる。きょうは、50冊目を借り出し、冬休みの準備に怠りない。最近は、新刊本コーナーに必ず行くことにしている。すると、街の図書館では予約待ちで借りることのできない本でも、ここではほぼ必ず借りることができるのだ。

以前は、新書や文庫の類はなるべく購入していたが、この新刊本コーナーを利用するようになってからは、文庫はさすがに購入するが、新書はなるべくここで読んでしまうことにしている。あまりに夥しい書籍の洪水を堰き止めるには、やはり図書館がダムのように機能することが望ましいと思う。

あまりに借りる本が多くなってしまったので、困っていると、はいどうぞ、とビニール袋を二枚も提供してくださった。このようなところが、ホーム・ライブラリーの良いところだ。

2007/12/15

卒論の審査

大学にいて良かったな、と思えることはいくつかあるが、そのなかでもとりわけ素晴らしいと思えるのは、学生の書いた卒業研究が完成したときである。

きょうはその面接審査の日であった。いつものように、H先生が兵庫学習センターで、関西在住の学生の方を招き、わたしが神奈川学習センターで関東在住の学生を集め、Webカンファレンスシステムで双方の学習センターをつないで面接を行うのだ。

H先生の担当された学生も、なかなか地道な調査や考察を繰り広げて楽しい審査となったが、とくに印象深かったのは、多少贔屓目かもしれないが、わたしの担当したKさんとSさんであった。

Kさんの中心課題は、日本人の個人主義の系譜を検討することであった。とくに、丸山眞男の「個人の析出パターン」論文を中心とした日本人の個人観の解釈と整理はたいへん興味深いものだった。「自立化」や「民主化」という近代特有の個人のあり方に対して、問題となるのは「私化」や「原子化」をどのように評価するかであるという点である。

Sさんの論文は、中世の物語のなかに見られる経済観念を発掘し取り上げたものだが、その表現形式に工夫が行われていた。おそらく、一般の大学では、到底思いもつかないことだろう。会計の仕訳を使って、概念を貸し方と借り方に分けていくのだ。

いずれの論文も、たいへん力のこもったものになっていて、読んでいて思わず引き込まれる新鮮さとユニークさを持っている。今回だけに終わらせることはできず、おそらく、生涯にわたって追い求める課題になってしまったことは間違いない。今後も探究を続けるに違いないだろう。

このように、卒業論文というのは、換えることのできないある種の出会いの雰囲気を持っているから、ここがたいへん良いところであり、入った人にしかわからない魅力のある部分なのだ。放送大学の卒業論文には、他の大学にない「時間の積み重ね」が反映されていることも、じつは読んでいるときに感ずることだ。

この重層的な時間の一瞬でも感じられる間は、放送大学特有の経験的な知識に学ぶことができることになる。だからというわけでもないが、卒業研究を読む作業をいつまでも続けたいと考えているしだいである。

2007/12/14

本の引越し

昨日から二日間かけて、自宅の書籍を神奈川学習センターの研究室へ移動した。神奈川学習センターの研究室へいっても、ここ数ヶ月がらんとしていて、1冊の本だけを読むには最適な場所であったが、論文の仕事には使えなかった。

4月に異動してから、研究室引越しの予算がないとのことで、順番を待っているのだ。千葉学習センターと本部研究室に置きっぱなしの書籍が、これまで読んできた主要部分になるのだが、こう数ヶ月も離れていると、本に対する愛着というのも醒めてきてしまって、いい加減なものだ、と思い始めている。

離れていると愛情が薄くなる、とは人間のことかと思っていたが、書籍もそうであることを知った。

すでに読んでしまった本なので、付箋が入っていて便利なのだが、そこだけ読むので新鮮な驚きはない。むしろ、必要になったときに、通っているホーム・ライブラリーから借りてきたほうが、あらたな発見がある。

そうこうしている内に、紛失してしまった書籍もある。自宅と神奈川学習センターと千葉学習センターそれぞれの研究室を探しても、どうしても見つからない。幸いなことに図書館から借りてきた本ではない。それにしても、パットナムの『孤独なボウリング』という本なのだが、1冊7,000円もするので、とても残念である。さっそく、K大図書館から借りてきて急場をしのいだ。

昨日は、朝から腰が痛くなるほど、頑張った。段ボール箱に詰めて、夕方6時の約束の時間までに引越し業者に引き渡した。このようなときには、これまでの引越し人生では大学生協に頼んできた。けれども、最近はそれより安いところがあるのだ。自費で運ぶのだから、少しでも倹約しようと考えたしだいである。

きょうは今日で、書架を購入して、その搬入があった。こちらも、あまりに省力化して予算を有効に使おうと考えたために、自分で段ボール荷物の縄を解かなければならなかった。これが、意外に重労働だった。先日の健康診断で、手足はまだまだ丈夫だ、という結果が出たにもかかわらず、細かいところではずいぶんガタがきているように思われる。

娘には、すぐ筋肉痛が出るのは、まだ若い証拠だから大丈夫、と慰められたが、昨日の業者に渡す際に、張り切って手渡ししていたら、筋肉が張ってしまった。もし明日起きてからもこの痛さが残っているのであれば、やはり書籍の移動はそろそろ限界かもしれない。

それにしても、これまでの人生で、何度も書籍を運んだな。今でも覚えているのは、信州の田舎から、東京に出てきたときだ。父の荷物で書籍が一番重く、多かった。当時は、りんご箱が木箱だったのだが、それにたっぷりと本が詰まっているのだ。これは重い。

段ボールになってからも、はじめは八百屋やスーバーマーケットから無料でいただいてきた段ボールだったので、大きなタイプのものだった。したがって、持ち上げると、取っ手が破れてしまうほどたくさん入るのは良かったが、そうとう重かった。最近になって、段ボールにもバリエーションがあるようになり、書籍用の小さな段ボールを使うようになった。

引越し屋さんは、ふたつずつ持っていたが、この小さなタイプのものをひとつずつ運ぶのなら、シシュボスの神話のごとく、老人であっても持っていけそうな気がする。

引越しの効用は、なんと言っても、書籍を整理できるというところにある。購入した本をすべて維持することは到底無理である。広大な屋敷を持っていれば別だが、残念ながら二階の床が抜けそうな家しか持っていない。前言を翻すようだが、小さな段ボールをさらに小さくして詰め、これからもう2,3回は本の引越しをしなければ、整理がつかないだろう。

2007/12/13

古楽器はなぜ復活されるのか

渋谷で年末だと思えるのは、やはりなんといっても、「救世軍」の社会鍋が出たときだ。大太鼓にチューバで、わざと調子をはずしたと思える「諸人こぞりて・・・」を唱っていて、周りのせかせかした雰囲気と異なる空間を作り出すときだ。

きょうも、中年の女性のかたが声を張り上げていた。グレイの帽子とフェルトの制服が、以前はみすぼらしさを反映しているように思えたが、きょうじっくりと見ると、たいへん暖かくみえて、時代が変わったのかという感じだった。

妻がバッハ・コンサートの券を持ってきた。珍しい楽器でチェロ組曲を演奏すると言うので興味深々で、久しぶりの音楽会に出かける。

寺神戸亮演奏による「バッハ無伴奏チェロ組曲4番と6番」である。この6番はバッハによって、「5弦」でと指定されていて、古楽器ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラで演奏するという演奏会なのだ。

この楽器は、演奏会の説明書によれば、「肩のヴィオロンチェロ」と呼ばれ、肩で水平に構えて演奏される。ビオラとチェロの中間的な大きさで、音もバイオリン族の低音部を受け持つ楽器だということである。

なぜこのような中間的な古い楽器を、現代において演奏するのだろうか。もちろん、奏者の寺神戸さんはその魅力をたっぷりと示してくださったから、感覚的にはわかる。けれども、聞いていて、なるほどと思ったのは、組曲6番の解釈がまるで異なるのだ。

チェロで弾く時には、ろうろうと、という感じなのだが、ヴィオロンチェロの場合には、ころころころ(ちょっと違うかもしれないが)という感じで、細かい感じがするのだ。

何が言いたいのかというと、おそらくヴィオロンチェロが廃れて、チェロが残ったということに現代的な意味があるということだ。曲の原型は、ヴィオロンチェロの表現するほうにあったのだが、チェロが発達するにしたがって、低音部でろうろうと弾くような、カザルス・タイプの奏法が生き残ってきたのではないだろうか。

古楽器はなぜ復活されるのか、ということの意味が、ここにあると思われる。つまり、元のかたちを復元して、比較し、どのように変わったのかを反省する材料を与えてくれるからである。

と言って、帰りの宇田川町を歩いたら、妻が怪訝そうな顔をしていた。お腹が空いたので、子どもたちが生まれる前にはよく入った台湾料理の「麗郷」で、これも久しぶりの「腸詰」をとって、特有の太い麺の「焼きソバ」をつっついた。

昔はこれに「蜆(しじみ)」をとって、時間をじっくり掛けて、話をしつつ料理を食べたものである。きょうも、団体客がこの「蜆」の山ほど盛り付けられた大皿をとっていた。

2007/12/12

古い場所の効用

古い場所というのは、時代の証言として残しておくべきである、ということに賛成である。けれども、言うは易いが、行うは難しである。

きょうも、古い場所に寄ることになった。渋谷の南平台で寮生活を送っていたときに、都会の暑さに閉口し、また冬の寒さに手足を凍らせ、生きる場所の確保に迫られた。やはり、山手通り沿いでは、交通量が多く、一日中いるには厳しかった。そのときに、丘を下って、渋谷に出るしかなかった。

先日は、百軒棚の「ブラックホーク」について書いたが、もうひとつ駅の近くで、食事も近くにある場所としては、メアリー・ジェーンが最適な場所だった。この近くの豆腐屋さんが地下の工場から出来立ての豆腐を素材にした定食を出していて行きつけだった。

「ブラックホーク」のほうは、主であった松平氏がなくなると廃れて、今ではビルになってしまって跡形もないが、「メアリー・ジェーン」は現在でも開いている。二階に上る階段でちょっと曲がっているので、そこを回らないと音楽は聞こえてこない。

典型的なジャズ喫茶で、夕方行くと仕事が帰りのサラリーマンが、ちょっとコーヒーを引っ掛けて、一日の瞑想にふけっている。かつては若者が出入りしていたが、最近は歳が確実に上がってきている。

また、わたしが一番最初にきたときから、すでに30年は経過しているから、当然経営者も何代か変わっているに違いない。方向があって、こちらは馴染みという感じではなかったので、詳細はわからない。けれども、掛ける音楽の趣味はたいへん良い。

きょうのなかでは、Bob Stewartのブラス・アンサンブルが素敵だった。重層的な多リズムのなかで、チューバの刻みがノッていた。

きょう最後の濃い目のコーヒーをいただきながら、朝から続いた四つの会議を思い出していた。とくに、社会と経済の専攻部会で、H先生から全員の先生方に対して締切を言い渡された問題提出のことを思い出してしまい、このような時にも仕事が頭にあるとは、とノートを取り出し、さっそく取り掛かる。

じつは、ちょうど現在、この問題の元となっている授業科目『市民と社会を知るために―名著に触れよう』の最終校正ゲラが手元に送られてきていた。校正を行うついでに、問題作成を行ってしまう。

学生の方がたが問題を解いているときに、ジャズが聞こえてきたら、それはわたしがここで作成した問題である。いい問題が出来たので、大いに楽しんで解答していただきたいと考えている。

さて以前にも書いたように、このような隠れ家的な場所を、都内でいくつか持っていることが、わたしのような商売の場合には、かなり必要である。けれども、わたしの方で都合が良いと言っても、やはり維持しているのは喫茶店のほうであるから、このように何代にわたって、古い場所がまったく変わらずに続けられているのはたいへん稀有なことになろう。

変わらないのは店屋のほうで、じつはわたし自身が変わっていることに気づいた。当時は、たぶんいたずらにタバコを吸っていたと思う。だから、他のひとの紫煙も気にならなかった。ところが、ここは喫煙が当たり前のジャズ喫茶である。気になるどころではない。久しぶりにタバコの煙のシャワーを浴びて、自分の変化を認識したしだいである。

変わらないということは、周りが変わったということなのだ。

2007/12/08

椿三十郎、四十郎、五十郎

リメイクというのは、椿三十郎の台詞を借りれば、四十郎、五十郎と齢を重ねることである。

つまり、本人は同一人物であるのだが、10年も経てば異なる人間といってもよいくらい人物の性格は変わるかもしれない。同様にして、映画のリメイクについても、古いと同時に新しくなければならない。これがリメイクの条件である。

前作がヒットして、今回作り直してもヒット間違いなしという作品に対して、この手法は使われる。前作のヒットから離れることなく、前作と異なる作品を作らなければならない。だから、リメイク版では、単にヒットを新しく狙うのではなく、前作のイメージを利用しつつ、新たな試みも加味しなければならない。

さて、問題は今公開中の映画「椿三十郎」である。黒澤明監督作品では、三船敏郎主演で、仲代達也、加山雄三などが出て、このイメージを崩したくない、というので、観るのを控えていた。社会と経済カンファレンス室でも、金輪際観ません、と宣言していたばかりである。

けれども、今回の織田裕二主演の映画が、わたしと同世代の監督森田芳光によって製作されてヒットしている。これは、なぜヒットしたのかを、消費文化論の点からも確かめておく必要があるということで、駆けつけたしだいである。

観る前の予想では、やはりシナリオが良いからだ、ということが理由になると考えていた。前作のシナリオに、かなり忠実に作られていて、前作を超えようとして失敗作をつくる愚を懸命にも避けている。

おそらく、新たに観る人を狙うと同時に、前作を見た人もイメージを壊すことなく観てもらうことを狙っていることは確かだ。だから、前作との差異は、意外なところ、細かいところになる。(これ以降は、すでに観た人だけ限定)

ひとつは、最後の決闘場面である。前作は凄かった。クラスでも語り草になったのが、血がどばっとどころでなく、どううううううううう!(ちょっとO氏のを真似したかった)と出る場面で、これは裏でポンプを使ったのだ、ともっぱらのうわさだった。

それに対して、今回は血の出る「結果」ではなく、それにいたる「プロセス」を見せている。(これはAさんの解釈だが・・・)つまり、技巧的な場面にして、特色をだしている。至近距離からの鍔迫り合いから、最後は剣を取り替えて刺しとめるシーンとしている。ここにはかなりの工夫が感ぜられる。けれども、やはり迫力の差は歴然としている。

もうひとつは、奥方の演技である。今回の中村玉緒はやさしさを前面に出していた。やはり、現実の姿がイメージされて、苦労した人というイメージなのだ。それに対して、前作では、入江たか子が演じていて、包容力という点で、映像を圧倒していた。干草に後ろ向きに倒れ掛かる場面における、世界を信じきった存在感というものは、他の女優では演ずることはできないのではないか。

また、三船を土台にして塀を越える場面で、あの背中がしなる重量感は、圧倒的であり、あの存在感があったからこそ、それと仲の良い伊藤雄之助演ずる城代家老睦田もチラッと出ただけなのに、すでに映画の登場人物として確立されていたのだ。

あの役を将来第三のリメイクで演ずるのは誰なのだろうか。宮沢りえがもっと太ったら演じさせてみたい気がするが、あとは思い浮かばない。

2007/12/07

リメイクの条件

午前中、KさんとH先生と三人で、学習センターサポーター制についての話し合いを行う。それぞれ考えていることを整理するのは、大切である。同じことを考えていると思っているようで、まったく別の了解をしていたことは、それこそ数え切れないほどある。人間はつねに誤解する動物である。

人と会うので、H先生と一緒に、学習センターを早めに出た。横浜西口のレストラン街で、ランチを食べながら、雑談をする。どうしても、神奈川学習センターの話に終始してしまう。お互いに根がまじめらしい。

人と会うのは、準備が良かったせいなのか、すぐに終わってしまう。さっそく、サポーター制で実現を考えている、地域連携サポートの取材をいくつかの場所を回って行う。

やはり、今回の核心となるのは、横浜の地域性ということをいかに活かすかということだ。さてほんとうのところ、横浜の地域性とはなんだろうか、じっくりと半年間考えてみたい。

これから、加わっていらっしゃるサポーター・ボランティアの方がたへ投げかける課題を今の時点でいくつか考えて、非公式に投げかけておくことは良いことかもしれない。もしこのブログを観ている方で、横浜の地域機関との連携活動に興味のあるかたは、ぜひ早めにご連絡いただければありがたいと思っている。すこし先走りかもしれないが・・・。

午後は、結局相変わらず、パソコンのできる場所を見つけて、来週に迫ってきた卒論審査の準備やら、サポーター制の準備やら、この期間に書くための論文の準備やら、山積している準備段階の整理に追われることになる。 

したがって、きょうの最後のコーヒーは、パソコンのできる喫茶店であるスターバックス・チネチッタ店でカフェラテ・トールをいただく。窓から、この店に入ってくる人を見ていると、二種類の客がいる。ひとつのタイプは、映画を見る前に、あるいは映画を見るときに、コーヒーを必要とする人びとであり、もうひとつは、映画を観てからコーヒーを見る人びとである。けれども、ここの取り柄は、さらに地域の商業施設の従業員たちが、テーブル席に集まって、地域性を出していることだろう。

この期間、映画が手近なところにかかっていなかったので、仕方ないので、リメイク版映画「椿三十郎」を見ることにする。リメイクものは、消費文化のなかで、重要な位置を占めているので、いずれ観ておかなければならないので、やはり自分の好みはさておいて、劇場に駆けつけることにした。


2007/12/03

奨励賞

このところ、娘が盛んに小さなメモを書いているので聞くと、これを大学生協へ持っていき、10枚提出すると、500円貰えるのだと言う。一冊読んで、感想文を提出する。「読書マラソン」といって、大学生協書籍部の呼び物なのだそうだ。

それはいいな。けれども、考えてみれば、1枚の感想文を書くためには、必ず一冊の本を読まなければならないから、結構、それなりに生産性は低い作業であり、お金のためだったら、その時間分だけアルバイトに出たほうが、よほど生産的ではないかと思わないではなかった。けれども、時間がたっぷりある大学生には勉強にもなるし、素敵な作業ではないかとも思った。

お金の問題だけではないだろう、と見ていたら、案の定新聞に名前が出た、と言って、自慢している。なんだ、やっぱりそうか。どれどれ。金賞でもないし、銀賞でもないし、さらに銅賞にもないな。なるほど、奨励賞か、この次に期待するということだな。

応募総数が7271通というのは、すごい。10通で500円ならば、35万円ほどの補助金を投入しているのか。でも、それで7271冊の本が読まれるのならば、わずかな金額でプロモーションの効果があったというべきであろう。やはり、大学生協ならではの企画だろうと思う。

できることなら、放送大学でも、このような企画を出していただきたいところである。機関紙に投稿すると、ポイントがついて、放送大学の教科書が無料になる、などはどうだろうか。

けれど、奨励賞であっても、わが娘としてはよくやったと思う。昔、大学院生時代にアルバイトで、わたしはこのような賞の選考を手伝ったことがある。審査委員の先生方が選ぶ前に、あらかじめ候補をそろえておく作業である。これが結構楽しいのだ。それなりに基準を定めて、いくつかに絞っていく。最後は、かなり客観的に、だれが選んでも同じになるだろうという境地に達するから、面白い。

さらに、戴くほうにとってもたとえ奨励賞であっても、それなりに嬉しいものである。もう一度、機会があったら書いてみようかという気に必ずなるから不思議だ。わたしの場合は、小学校時代に絵画を描いて、賞をいただいた。そのあと、二、三度同じようなことが続いた。やはり、そうして動機付けられていくのだと思う。一度たまたま、金賞をいただくよりも、何度か奨励賞をもらったほうがうれしい。

この意味で奨励賞というのは、なかなか良い賞だと思う。残念ながら、放送大学には生協はないのだが、わたしもいくつかの大学で教えているので、他大学の生協書籍にはいつもお世話になっている。毎年、数十万円の書籍は購入しているので、ちらっと頭のなかを邪悪な考えがよぎった。

この際だから、娘には、ぜひがんばってもらって、卒業までにあと90通は書いてもらおうと思っている。親ばかも、この程度まで到達すれば、許されるかもしれない。

2007/12/02

チャンプルー・スタディーズ

「チャンプルー・スタディーズ」の新聞記事が、きょうの朝日新聞「be」版の「ナントカ学」欄に載った。琉球大のT氏たちが行っている栄養調査で、ふたつの集団に分けて、片方に沖縄料理を、片方に従来のままの食事をとってもらい、その健康に与える影響をみるものだ。

昨日、このT氏からメールが来て、共同研究者になってくれないかという要請があったのだ。ここ数年、消費文化論の延長で、健康と消費との関係を取り上げていて、かれとちょうど波長が合ってきたところなのだ。調査の質問項目の二、三に関われればよいな、と思っている。

放送大学の神奈川学習センターでも、正式の許可を得て、このチャンプルー・スタディーズを行おうと計画している。詳しいことが決まったら、ポスターを貼りだし、説明会を開く予定である。

美味しい沖縄料理を無料でお配りするので、多少調査の厄介さを我慢すれば、十分に健康的な食事を楽しむことができると思う。ぜひ大勢の方に参加していただきたいと思う。

調査のポイントの多くは、T氏の栄養疫学的な観点からのものになると思われるが、わたしの目指すポイントは、やはり栄養に与える社会的な影響である。たとえば、沖縄料理がどのような社会意識を持った人に対して影響をあたえるのか、あるいは、どのよう食料消費、健康消費を行っている人に対して、影響を与えるのだろうか、などの点である。とりわけ、健康消費との関連に注目している。

久しぶりのフィールドワークということになる。1月には、ちょうど健康消費の講演会も引き受けているので、すこし集中的に考察を進めてみたい。

先日、映画「めがね」を観たときには、「たそがれ」ばかりに目がいってしまい、沖縄の食べ物についてはつい忘れてしまった。けれども、そういえばカキ氷だけでなく、ホテルの食事には美味しそうな魚、それに大きな海老も出されていたなあ。今回の調査では、おそらく野菜が中心の食事になるとは思うが、沖縄の青い空と透きとおった海を、頭に思い浮かべながら賞味し、そして研究を深めたい。

2007/12/01

チームサポーター

Poster04チームサポーターという組織を創っている。学生のために、学習や研究や同好会活動を支えてくださるチームを作ろうということである。

先日、神奈川学習センターのフェスタヨコハマ実行委員会で、このチームサポーター制なるものを創ることを予告させていただいた。きょうは、そのときコーディネーター(調整役)として参加することになったKさんがいらっしゃって、今後毎週1日はこの組織造りを手伝ってもらえることになった。まず、中核がはっきりしたことは、良いスタートを切ったということだと思う。

さっそく、ポスターを貼りだし、参加申し込み表を作成して、神奈川学習センターの同好会向けの宣伝メールを配信していただいた。どのような反響が戻ってくるのか、楽しみである。まずは、同好会の方がた、参加のほどよろしくお願いいたします。

そこで何を行うのかは、予想はいくつかしているのだが、内容についてはまったく未知数である。未知なことというのは、なぜかわくわくさせられるのだ。どのように、ネットワークの輪が広がり、さらに深く浸透するのか、注意深く観て行くことにしたい。

ポスターを正面玄関の一番目立つところに貼っていただいた。Hさんが目ざとく見つけ、名誉ある「申込書」配布第一号となった。友人にも勧めてくださるとのことで、心強い限りである。

第二段、第三段の企てを用意しているので、単に傍観したい人でも結構なので、ぜひ参加していただきたいと考え、お願いするしだいである。

ポスターをご覧ください。
http://u-air.net/sakai/poster01.pdf

サポーター申込用紙
http://u-air.net/sakai/supporter.doc

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社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

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「グローバル化と私たちの社会」第11回

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。