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2007/11/17

漂泊者としての詩人

「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」とばかりに漂泊する。

湯田温泉の宿を出ると、空気が乾いていて、快晴だ。そとを歩いていても、気持ちがよい。漂泊も、東京と山口との間なのか、現実と想像の間なのか、中原中也の世界に漂ってみた。

「青空を喫ふ 閑を嚥む
蛙さながら水に泛んで
夜は夜とて星をみる」

という気分だ。

071117_104201 宿からふたつの筋を渡ると、右に「中原中也記念館」がある。中也は、現在の山口大学のある湯田温泉の医院に生まれたのだ。

最近、大正期の文学者を取り上げている。もちろん、コーヒー論の続きである。先日の市立図書館では、永井荷風を取り上げたのだが、今回は中原中也に的を絞った。

最晩年の1937年の作品である「ある男の肖像」では、喫茶店は都市の閑人の集まるところとして描かれている。喫茶店が、街にあって当たり前の風景になったのが、この時代であった。

「洋行帰りのその洒落者は、
齢をとっても髪に緑の油をつけていた。

夜毎喫茶店にあらわれて、
其処の主人と話している様はあはれげであった。」

また、「雨が泣くように降っていました」の変則リフレーンで有名な「一夜分の歴史」では、つぎの如くにあらわれる。

「コーヒーにすこし砂糖を多い目に入れ、
ゆっくりと掻き混ぜて、さてと私は飲むのでありました。」

という具合に、すでに中也にとっては、コーヒーは日常の飲み物だったことがわかる。1930年代になると、コーヒーは人びとの間にかなり浸透していた。

湯田温泉の足湯をめぐって、このままゆっくりしても良いとも思ったが、バスに乗ればすぐだというので、山口市を歩くことにした。

大学院生のころ、下宿していた渋谷の宿舎に、山口県山口市生まれの山口さんという方がいて、面白い人だったので、一度は山口を訪ねてみたいと思っていた。

湯田温泉のバス停には、5,6人の齢を召した方がたが、井戸端会議を開いていて、バスが来ようと来ないとお構いなしに、おしゃべりに夢中になっている。みんな市民会館でおりたところをみると、何かの催し物でもあるのだろうか。

山口市歴史民俗資料館で小さな展覧会だったが、「懐かしい山口くらし展―徳見七郎が描く昭和」をやっていて、そのなかで、山口市で一番古い喫茶店として「カフェーオジャレ」が描かれていた。昔は、満席で入れないくらいだったそうだ。

071117_122801  道場町商店街のアーケードを行って、新町商店街に入り、かつて大内氏が繁栄を誇ったこの平野をぬっている「一の坂川」へ出るすこし前なのだそうだ。地元の人に道を聞きながら、到達したが、さすがに新しいビルなどに代わったらしく、影すらなかった。

きょう最後のコーヒーは、商店街と駅へ行く幹線道路の交差するビルに入っていた、「ヴィヴ・ラ・ヴィ」にて、ピラフランチと一緒にいただく。

中也に敬意を表して、「すこし砂糖を多い目に入れ」て飲んだ。

「これが私の故里だ
さやかに風も吹いている
ああ おまへはなにをして来たのだと・・・
吹き来る風が私に云ふ」


 

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。