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2007/10/03

現代のユートピアとはなにか

最近、ユートピアを描く映画を、数多く観ている。トーマス・モアやカムパネラ、すこし下って、モリスたちが描いてきたように、時代の転換点にはかならずユートピアが語られるのだ。

これだけ多くのユートピア映画が作られるということには、この時代にとって、それだけの十分な理由があるからだと思われる。なぜ、このような映画に対する需要があるのだろうか。

ひとつは、やはりストレス社会が窮まってきているから、と思われる。ストレス社会から抜け出して、ユートピアへ行きたい、という願望が、これらの映画を希求しているのである。けれどもちょっと、話はユートピア的ではなく、現実的なことになってしまうが、これだけ多くのユートピアが描かれると、やはりどんなユートピアでも良いというわけにもいかなくなる。

大きなユートピアでは満足されず、小さなユートピアが期待されているように思われる。

ユートピアなんて、元来が贅沢なものだから、どのユートピアがもっともユートピアらしいのかが競われる。そこで可笑しいことには、ユートピアの差別化が必要となってきているのだ。ユートピアの特色ということにおいて、競争を余儀なくさせられるようになってきているように思われる。

人びとを納得させることのできる、ユートピアを提示することが求められてきている。

さて、映画「めがね」は、この課題をいかにクリアしているのだろうか。もちろん、舞台となっている沖縄のもつユートピア力は、特別な威力をいまでも持っていると思われるが、すでに多くの映画がそれを描いてしまっているのも、事実だ。したがって、競争の中心になり得ない。

この島の取り柄はなんですかと問われて、「それは、たそがれです。」と言われたって、どこかで聞いたことがありそうな設定だ。じっさいには、どのような「たそがれ」かが問題となっているのだ。けれども、ユートピア映画では、「それは~ですよ。」と言ってしまった途端に、ユートピアはどこかへ飛んでいってしまう。だから、たそがれも失格である。

やはり、描いたり言ったりすることができないような、思いがけないユートピアでなければならない。

「カキ氷」もいい線いっていたが、本命ではないだろう。カキ氷との物々交換も古典的なユートピアの表現だが、あまり現代的でないだろう。釣れない海で「釣り」をする、というのも、いい線だ。たそがれ級の描き方であると認めるが、決定的ものからは程遠い。

ひとつだけといったら、この場面を推薦したい。(これ以降は、映画をこれから見に行く人は読まないほうがいいと思う。)それは、「トランク」ということが効いているエピソードだ。トランクのなかは、おそらく脱してきた世界の荷物がたくさん入っている。だから、トランクはストレス現世の象徴なのだ。したがって、このトランクが置き忘れられたり積荷として拒否されたりという場面が、この映画の核心なのだ。

いくつかのそのような場面のなかでも、名場面は次のところだ。小林聡美演じる「タエコ」が帰り道に迷って、トランクとともに立ち往生してしまう。ここにサクサクと現れるのが、もたいまさこが演じる「サクラ」で、タエコは最初三輪車の荷台にそのトランクを載せようとするが、サクラはいい顔をしない。結局、トランクはそこに残し、タエコだけがサクラの自転車の荷台に乗っていく。空には、なぜか三日月が輝いている。

みんな、その話を聞いて、「いいな、わたしも乗せてもらいたいな」という。ああ、ユートピアだな、と思った。いままで結びつかなかった人と人の関係が、このような切っ掛けで、無言でも結びつくことがあるのだ。そしてさらに、サクラの自転車に乗ることで、「トランク」というものを忘れさせてもらえるのが、何よりなのだ。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。