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2007/10/07

いきいきした儀式はあり得るか

今日は神奈川学習センターで、秋の「入学者の集い」と「卒業式」が開かれた。それぞれ第8講義室を一杯にするほどの参加者があって盛況だった。

同僚のH先生の表現を使わせていただくならば、放送大学生は、大人で「インデペンダント」な性格を持っているらしい。これが、放送大学生のカラーだそうだ。独立している。自律している。孤独をものともしない性格を持っている。だから、インデペンダント、という言葉はかなり、言い得て妙だ。

さて、入学式と卒業式ともなると、お祝いのスピーチを行わなければならない。入学式の挨拶、学習指導のスピーチ、さらに、卒業の懇親会でのお話、わたしたちでさえ、3つくらいは求められる。それぞれ「知識循環」の話、「論文のサイクル」の話、そして、「遊学」の話などをお話した。所長のH先生になると、この一日だけで、5つくらいの話を用意しなければならないだろう。

それくらい、放送大学というところは、言葉に対して、絶大な信頼性が置かれているところだ。そのことはまた、学生の方がたのスピーチが素晴らしいことにも現れている

とくに、卒業までの苦労話には、聞いていていつも泣かされる。人生そのものが反映されていて、語るも涙の物語なのだが、明るく表現する術を心得ているのが、「インデペンデント」と表現される所以である。

学部で124単位を取らなければならないが、これの過程は、いつの思うのだが、働いている人が学んで取得する単位としてはかなりキツイ、と思う。目的を持っている人には、つまりそれだけを学びたいという人には、もうすこし負担を小さくすると、目的を達成しやすいと思う。

けれども、ここで強調したいのは、むしろ逆で、その124単位を乗り越えてきた人の達成感は相当だということだ。

Photo 『アフリカ・ライオン』という、最近自費出版した書籍を携えてきた卒業生の方は、在学中に、夫の転勤で、アフリカ・インドネシアに暮らしていたので、最初に単位をとってから今回の卒業までに、結局17年間かかってしまったとのことだ。数十冊の寄贈を受けたが、そのうちの一冊が右の写真だ。

それから、もうひと方、74歳になる方も、還暦のときに、娘さんに進められて、放送大学の勉強をはじめたので、やはり10数年かかって卒業ということになったということだ。

これに対して、鍼灸専門学校の教員だという若い方は、編入してきて、2年で卒業したという。

それぞれ努力の違いはあっても、みんな同窓生ということになる。明日からはまた、異なる世界で生きていくことになる。

「遊学」という言葉があり、ふつうは空間的に異なる土地で勉強することを言うが、彼らにとって、放送大学で勉強したことは、精神的な遊学に当たると思う。つまり、仕事の世界や家族の世界を離れて、その時間だけ、ここ数年間にわたって、放送大学に「遊学」していたに違いないのだ。

遊学の効果というのは、なかなか表にあらわれないものだが、意識の底には、かならず作用を与えていて、いつの日かその影響が一気に現れるのだ。そのときには、ぜひまた、神奈川学習センターを訪れて、その話を聞かせていただきたいと思う。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。