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2007/10/13

ゼミナールとたそがれ

きょうは、修士生のゼミナールのために、東京文京学習センターへ出ている。入学式が終わって、放送授業が開始し、面接授業までにすこし時間があるので、学習センターに出てくる学生がこの期間は少なくなる。

その結果、学習センターの部屋が空くので、ゼミナール開催には最適の期間となる。寒くもなし暑くもなし、地下鉄茗荷谷近くのパン屋さんで、ピザ(生トマトが乗っていて美味しいのだ)を買って、コーヒーを飲みながら、昼食を済ませる。

1階の会議室では、先月同様に、M先生のゼミが開かれていて、ちょっと顔を出したら学生の方がたに紹介してくださった。我が方は3階の演習室に、いつものように陣取った。それぞれこの間工夫してきた報告を、午後1時から始まって6時まで、たっぷりと発表してもらうことになった。

ちょうど修士2年生の方が、あと2ヶ月で修士論文を仕上げなければならない時期にさしかかっている。素材は揃ってきているが、全体のバランスや文脈の流れに注意が向けられていない。数多く書いていけばいくほど、今の時期の重要さがわかってくる。

つまり、自分で書いたものだという自明の罠にはまってしまうことがあるのだ。自分の書いたものはすべて自分でわかっていると思い込むことは、かなり危険だ。いつも思うのだが、自分がひとつのことにほんとうに没頭してしまうと、自分自身がわからなくなる。このことが、自分自身ばかりでなく、自分の論文に出るのだ。

たとえば、全体のなかで、何を中心のテーマにするのか、ということは、この段階になってみて、ようやく自分で理解できるようになる場合が多い。それまでは、枚数を増やそうと、ただひたすら文字を埋めるだけの作業が進む。けれども、ようやくこの段階になって、全体を眺めることができるのだ。そして、この中心テーマを盛り立てるために、どのような順番に各章立てを考えるのかが、最終的にこの段階の作業にかかっている。全体を見回して、いくつかある可能なシナリオのうちで、どれを採用するのかを問うことができる。

論文のもつリアリティは、これらの全体を眺める時間をたっぷり持つか持たないかで、まったく違ったものになるだろう。ぜひ十分な吟味をお願いしたい。

それから、修士1年生の方は、いわば発見の段階を迎えていて、次から次へ新しい試みや新たな文献を発見している。そして、発表しながら、何が面白くて、何が面白くないのかを、参加者の反応を見て、判断する段階なのだと思われる。

ゼミが終わって、4階の研究室を訪れると、S先生がまだ仕事中だった。ちょっと雑談して、外へ出ると、かなり暗くなっていた。先日は、「たそがれ」はキイワードにはならない、と言っておきながら、きょうは帰りの電車のなかで、見事に「タソガレ」てしまった。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。