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2007/09/04

乗り遅れの感覚 2!

電車に乗ろうとして、自動改札機に切符を入れたら出てこない。機械の中を探してもらっても、切符がぜんぜん見つからない。こんなとき、どうするか。

今日はH先生の科目制作の打ち合わせがあるので、朝早く家を出て、神戸の兵庫学習センターへ向かう。何が起こるかわからないから早目に出たほうが良いよ、と妻がいうので、かなり余裕をもって品川へ着く。

京急線から東海道新幹線へ乗り換えるには、両方の切符を自動改札機に入れれば、そのまま通過できるようになっている。ところが、今日に限って、どうゆうわけか、京急線の切符は出てきたが、肝心の新幹線の切符が機械に吸い込まれたまま出てこない。

このようなことはよくあることなので、駅員を呼んで、詰まっていると思われる改札機のなかを見てもらう。ふつうは、機械のなかの回収箱か、途中のベルトの間に挟まっているかするのだ。

ところが、何回もチェックしてもらい、点検していただき、見直してもらっても、その切符が見つからないのだ。最初は高をくくっていたが、新幹線の出発時刻が迫ってくるにしたがって、あせってきた。どうして、無いのだろうか。

そうこうしている内に、予定の新幹線には乗り遅れてしまった。鼻先をすうっとどころではなく、そもそもホームに立つことさえできなかったのだ。切符がもし見つからなければ、乗る権利さえ失ってしまうという切羽詰ったところに立たされていた。

状況は、わたしにとって極めて不利である。新幹線の切符をわたしが機械に入れたことを証明するものは、この切符の実在しかないという状況なのだ。ところが、その証拠物である、切符そのものが失われてしまって、無いのだ。

駅員の立場にたてば、ほんとうに入れたのですか、ということになってしまうだろう。もちろん、そんなことは素振りに出さずに、駅員の方が3~4人集まってきてくれて、隣の機械までもすべての蓋を開けて、何度か調べてくださった。それで、かれこれ30分ほどが経過してしまったのだ。

実際には、わたしからすれば、機械の具合が悪いために本来の通行が妨げられてしまった「被害者」であるのだが・・・。けれども、その被害者であるという客観的な証拠がまったくないのだ。今の状況だと、わたしがそう主張しているだけなのである。ほんとうに困ってしまった。

この時点で無いものは仕方がないので、次の段階に進めようと思い、とりあえず「事故証明」を出していただけますか、と要求してみることにした。すぐに現場の係員の方は、上司に伝えてくださった。でも考えるに、機械のどこかに必ず存在するはずのものが見つからないのに、つまり会社にとっては事故であるという確証がないのに、事故証明をだすというのは、担当者側からみるとかなり無理な相談ではないかと、わたし自身思っていた。

駄目もとだと思い、一応傍証になるかなと、(入れた切符は往復切符の往路用だったのだが、)復路用の残りのもう一片の切符を係りの方に見てもらった。などなどと、いろいろ話しているうちに、わたしの話を信用してくださったらしく、ひとつの決断をしてくださった。係りの方をわたしに付けてくれて、JR東海窓口で新幹線往路の切符を用意してくれたのだ。

ほんとうのところ、これからのいろいろな交渉を行わなければならないのかと、ちょっとうんざりしていたところだったので、正直言って、京急側のこの決断はたいへん有難かった。20分ほどは遅れた出発になったが、切符がまったく無い状態から、一挙に現状復帰ができたのだから、「地獄で仏」の心境であった。

さて、この経験から、いくつかのことが見えてきた。第一に主観的なことであるが、わたしのなかで、京急という会社の信用が格段にアップした。とりわけ、品川改札口の組織のあり方には、敬意を払いたいと思う。それは、わたしに対して特別な利益誘導があったという意味ではなく、むしろ社会一般に対するものとして、顧客本意の態度は立派であったと思う。

第二に、京急の現場では、すくなくとも、品川駅の改札口では、顧客に対する危機管理がかなり考慮されていることがわかった。何か起こったときへの対応が明確にされている。わたしのように、切符それ自体が紛失したことはまれであろうが、本格的に機械にミスがあるのか、それとも、わたしが嘘を言っているのか、のどちらかの判断を明確に行わなければならないのだ。この危機的な事態への冷静な判断が20分程度の時間で行える権限を、この上司は持っているということである。

第三に、企業は機械を信用するのか、それとも人間を信用するのか、という深刻な問題がこの根底には存在することがわかった。現代のような「自動化」社会での基本的な問題がここには存在することがわかって、切符が無くなったことは煩わしい限りであったが、このことを知ることができたことは収穫であったと思う。機械文明のなかをこれからも生きなければならない、自分をとりあえず慰めておきたい。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。