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2007/09/15

胸を刺すようなタックル

ラグビーを観ていると、闘争心が湧いてくる。

ほめ言葉だと思うが、ある解説者が「胸を刺すようなタックル」ですね、という言い方をしていた。致命傷的で決定的な感じが出ている。

夜になると、ラグビーのワールドカップ戦に目がいってしまう。先日のフィジー対日本の試合は、わたしのような素人が観ても、良い試合だった。安定したフィジーを相手にまわして、十二分に戦っていた。

とくに、フィジーの重厚な攻撃をがちっと止めていたと思う。ときどき穴ができて、突破されてはいたが、それ以外では、身体負けすることなく、正面から受け止めていた。タックルの受け方が、確実だった。

そのときの表現が「胸をさすような」という言い方だった。良いタックルというのは、身体の中心である腰に入るものだとばかり思っていた。また、軽くタックルするのなら、足を払うようなタックルも有効だな、と思っていた。もちろん、上半身の上のほうにタックルを行うことは禁止されているので、胸というのは、やはりぎりぎりのところなのではないだろうか。

高校時代に、授業科目としてラグビーを行ったことがある。偶然にも、通っていた高校の運動場が東京オリンピックの選手たちの練習場であったために、芝生のサッカー・ラグビー場を持っていた。その芝生の上を存分に駆けた記憶がある。

試合になると、フォワードだったのでスクラムを組んだりして、かなりの運動量であった。サッカー部に属していたので、キッカーも務めていた。いまの軟弱で運動不足の身体からは想像もできないことを高校時代にはやっていたのだ、と自分でも不思議な気分だ。

無理が祟ったのか、鼻の骨を折ってしまった。「胸を刺すような」というのとは程遠いものだったが、勇ましくタックルに及んだ時に、もう1人タックルしてきて、その頭にぶつかってしまったのだ。

人生のなかで、気を失ったのは、はじめての経験だった。気がついたら、芝生の上に転がっていて、鼻血が出ていた。救急車で運ばれたのだが、次に、気がついたら、病院のベッドの上だった。すぐに手術して、鉄仮面の如くのギブスを顔に嵌め、2週間ほど安静状態が続いた。

そのときの身体と身体とがぶつかり合う音と、身体の感触は生涯忘れることはないだろう。痛いという感覚が残っているのではなく、もちろん心地よいというわけではないが、ぎりぎりの限界の感覚であることは間違いない。滅多に受けるのできない貴重な体験だった。

今日の試合は、オーストラリア対ウェールズであった。ウェールズも善戦していた。落ち着いたパス回しで、どのプレイも確実さと柔軟さが観られ、参加していなくても昂揚した気分を運んでくれた。

当たり前のようにボールがくるくると手渡されていく有様は、芸術的なネットワークを感じさせるのだ。パス回しというネットワークは、定型はあるのだが、定型にこだわらない実践的なネットワークになっているところに意義がある。敵がいることで、対応するための柔軟性が要求されるのだ。

そして、試合が終わった途端に、闘争心によって対立していた敵対関係の状況が、握手をして互いに讃えあう親和の状況に変わる。いつ見ても感動的であるばかりでなく、社会生活の基本が現れているな、と感心してしまうのだ。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。