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2007/09/17

海について

070917_142301_2 秋風が立っているのに猛烈に暑い日差しだ。だが、遠い夏の記憶を懐かしむ感じで、気温の高さは気にならない。

午前中頑張って仕事が進んだので、午後には「赤い電車」に乗って、海岸沿いに浦賀半島へ向かう。白い上下に帽子をかぶった防衛大学生がひとりふたりと乗り込んで、かわいい水兵さんを思わせる。馬堀海岸からはバスに乗り換えて、観音崎灯台を目指す。走水という地区から、あれっと思うような風景が広がり、ちょっと鄙びた漁村のイメージの場所が続いた。

さて、今日の展覧会は、これまで見逃してきた「アルフレット・ウォリス展」である。海の美術館として特色のある横須賀美術館へ来たのだ。家から一時間もかからないところに、こんな「リゾート」らしいところがあるのかと思う。

070917_175901_2 リゾートの条件は、人と人の距離の問題である。もちろん、絶対的な距離のことではなく、関係の距離のことだ。第一に、接触しない余裕ある空間が存在していること。知らない人を受け入れるということだ。第二に、潮の香りが強く、日常の匂いを消してくれること。違う異質性が同質化の要因になることがあるのだ。第三に、ぼうっとしていても、誰も気にしない雰囲気があること。手を振っても、気がつくまでの時間がかかるほどに、遠くてのろい認識が可能だということ、などなど、これらの要素が複合していることが、リゾートらしさである。

このことは、そのまま美術館の存在のことを言っているようでもあり、展覧会の内容をも言っているようでもある。ウォリスは、うわさに違わず面白かった。

ウォリスは、30歳ごろから80歳後半まで、英国南部のセント・アイヴスに住んでいた。先日展示会をみたことを報告した陶芸家のバーナード・リーチが、やはりセント・アイヴスに住んでいて、ウォリスの墓を作っている。大きな渋い色の陶坂張りでできている。こんな素敵な墓は見たことがない。

70歳から突然、船や家の絵を描き始めたのだが、妻の死亡や身体の調子、仕事のことなどからみると、ウォリスにとって絵を描くことは必然だったと思う。けれども、この街が存在しなかったならば、絵を描くことはなかったとも思われる。この街と海が、彼の母体であったことは間違いない。

彼の絵は、なぜたてとよこが互い違いになっているのだろう。どうして、遠近の距離感が異なるものが、同時に同じ絵に描かれているのだろう。なぜ大きさの同じはずのものが、違ったものとして描かれているのだろう。

このような謎は、彼のほんとうの絵と向きあえば、氷解するだろう。つまり、ひとつひとつの対象物は、それぞれ別のもの、異なるものなのだ。それぞれ異なる世界にあったものを、ウォリスがひとつの絵のなかに持ってきたために、大きさも異なるし、見る方向も異なるのだ。船は正面から見たものをそのまま描いているが、灯台は横から見たものを同時に同じ絵に描いているのだ。

同じ絵のなかに、異なる次元、異なる空間のものが描かれるのは、そう不思議なことでもないだろう。それにもかかわらず、もしウォリス特有の描き方があるとすれば、これらの異なるものを結びつけることにかなり努力しているところだろう。

それは、海であり、大地であり、緑であるのだ。この意味では、ウォリスの絵は統合的であり、ときには保守的でさえある。彼の絵が全体に落ち着いて見えるのは、この統合作用がうまく働いているからに相違ないと思った。

070917_171701 今日はこれだけで十分と思ったが、出口を出ると、係の人が地下の展示室へも誘った。先日の古賀春江と松本竣介が一枚ずつここにもあったのだ。けれども、この話は、またこのつぎ訪れるときにするとしよう。それから、谷内吉郎館もあり、これも「子どもの視点」などが面白かったが、この次までとって置きたい。

今日最後のコーヒーは、美術館のレストランのテラスにて。ここの海を臨むテラスは、素晴らしいのひと言だ。目の前から芝生が広がり、道路を越えて、上から海を見おろすことができる。海が色を変え、おもちゃのように行過ぎる外国航路の船たちを見せてくれる。こんなにいろんな船があるのかと思うほどだ。

左から軽快な黄緑の船がとととっと行く。右からは、朱色の鮮やかな船が海を切っていく。さらに、左からコンテナを7層も積んだ、ビルの化け物のような大きな船がのっそりと動いていく。写真には、遠くに小さく真っ白な豪華客船が写っている。じつは、窓に光が点いて、ほんとうに綺麗だったのだ。

070917_175701 二、三キロさきの出来事が、余裕をもって展開していくのだ。海を見て、ぼけっとすることのできる場所を見つけた、という気分だ。それにしても、いつものことだが、こんな良い場所を占めているのは90%が女性である。この女性の混雑だけはどうにかならないだろうか。誤解を受けるといけないのでひと言添えるが、あくまで女性が問題ではなく、男性文化に問題があるということだ。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。