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2007/08/10

亡霊のごとく、ふるさとの街を歩く

講義が終わってから、諏訪のS寺に先祖の墓参り。それから、母方の盆のお墓参りに信濃大町まで行こうと思い、駅までいくと、電車が1時間近く遅れているらしい。あまり遅くに向こうへ着くと、すこし山奥へ入る必要があるのでじつは怖い。手紙が来ていて、今年は熊が出るから要注意とのこと。

急遽、松本の駅前ホテルの中から、もっとも安い宿を選んで、投宿することにする。ほんとうに偶然だったのだが、部屋へ上っていくエレベーターから、花火が遠くに上がっているのが見えた。

今日はすでに一日中身体を使っていたので、もうちょっとでも動きたくないとはじめは思っていた。けれども、どうしても方角が気になった。昔は、この時期にこんなに大きな花火大会はなかったのだ。070810_203301

ふるさとにおける距離感や方角というのは、歳をとっても狂っていないらしい。じつを言うと、小学校時代住んだ家の方角で、この花火が見えたのだ。

近くに源池小学校があり、その横を流れる薄川にかかる大きな橋を渡ると、奈良時代にはこの地方の国府が置かれていた筑摩神社があり、ここの夏祭りを祝う花火大会だったのだ。

駅前から歩き始めると、途中まで結構距離があるなあ、と思い始めていた。8時間立ちっぱなしのあとの徒歩はやはり応える。

ところが、市民会館や深志神社の右側に出て、街深く入っていくにしたがって、次から次へと懐かしい町並みが暗闇のなかから姿を現すのだ。たしかに、なかにはすこし新しく見事なデザインの家に生まれ変わったところもあるし、さすがに産業施設で現役の工場は変化が激しいが、それでも町並みの骨格はほとんど変わらない。

記憶がよみがえるどころではない。ここ数十年間あたかもずっと住んでいたかのように、記憶を修正し始めたのだ。少年時代には大きく見えていたものを現在の縮尺に修正し、いつかまたこの町を訪れる準備を始めていた。

この辺にはたしか、と思って目をやると、その建物がぼうっと現れるのだ。歳とって、ふるさとの街を徘徊する夢を良く見るが、まさにその通りのことが現実に起こっている。頭上には、まだまだ尺だまのスターマインが炸裂し続けている。振り返りざまに街をみると、写真のフラッシュを焚いたかのようの昔の町並みが浮かびあがる。

ふるさとの街を亡霊のように歩く。ここは友人のM君の家だ、と思ってみると、白髪の老人が椅子に腰掛けて、孫を膝に乗せて空を見上げている。Fさんの家が写し出され、ピアノ教室の看板が浮かび上がった。この斜めの道を入っていくと、K君とそれに続いて、すでに十代で亡くなったT君の家があった。と思って、目を移すと、駐車場に夫婦が連れ立って眺めている。

死ぬ瞬間には、生前のすべての記憶が映像フラッシュのように、ざあっと目に浮かぶというが、いまがその瞬間なのかもしれない。まさにその世界に一歩足を踏み入れた気分だ。けれども、これが現実なのだ。

この斜めの道を抜けると、向かいに文房具屋があって、その隣に源池小学校が見えてくる。夜のため、わたしたちが卒業記念に作った河童池と河童像はさすがに見えない。そのまえ辺りから、人びとが道路に座り込んでいて、歩行者天国ならぬ座り込み天国状態になっている。

勝手知ったるところなので、暗闇のなかでも、数十年のまえの勘を働かせること は容易だ。ただちに土手まで達して、打ち上げ全体を見通せる場所を見つけ、陣取ることにする。070810_205902

花火は、甲子園への最多出場校のひとつである松商学園高校の脇から、どうやら打ち上げられているらしい。帰り道の途中、小学校時代に住んでいた家の前も通ってみた。そこにも、デッキチェアを持ち出して空を見上げている家族がいた。

おそらく、東京へ出ることがなかった070810_205901ならば、いまごろここから花火を見上げていたことだろう。ここに帰ってくるのも悪くはない。けれども、住んでいた場所は持ち主が転々としたらしく、現在はビルが建設中の状態だった。こんな住宅地の真ん中で、ビルはないだろうに。

せっかくの亡霊気分が消し飛んでしまい、ああこれが現実なのだ、と完全に引き戻されてしまった。駅までのなだらかな坂道をゆっくり転がり、明日もまた暑い日がくるのかと思った。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。