« 二日目の講義 | トップページ | 民芸について »

2007/08/11

絵画における「絶筆」展

朝9時から、松本市立美術館が開いているというので、合理的なB&B風な朝食を済ませて、徒歩で向かう。たしかここは昔、松本警察署があったところではないかと思う。裏には、この盆地の扇状地が重なり、水源が集中する場所があり、至る所に清水が湧いていた。「源池」の発祥の地である。

幼稚園の通学路に当たっていて、毎日冒険を見つけていた。幼稚園では、お金を拾ったら、警察に届けなさいと言われていたので、純真なまま1円を拾ったときに、この警察署に届けた。甘いキャンディをもらって、なんとなく儲けた気分で、なにかちょっとおかしいとは感じていた。

「絶筆」というテーマで、100人の日本画家の最晩年作品が集められていた。小説の絶筆ならば、死ぬ前にどのようなことを考えていたのかが作品に現れるだろう。絵画にも、死の影響が現れるのだろうか。

http://www.artm.pref.hyogo.jp/exhibition/t_0705/main.html

びっくりしたのはそれぞれの作品の前に立つと、自然に生前の作品との比較を始めたことである。代表作をそれほど多くみているわけではないが、それでもその画家の作品が目に浮かんでくる。それとの比較で、旺盛さや、衰えや、枯れという特徴がわかる。

古賀春江の一枚では、相変わらずのシュールな物語を楽しんだ。サーカスを扱っていて、虎たちの曲芸があり、象やいるかが宙に舞っている。背景のブルーが素敵だった。しかし、配置がなんとなく、いつもの作品と違っていた。晩年にちょっとした異変が起こっているかのような欠如が見られた。しかし、それはこの作品が他のものと比べての欠如であって、これはこれで完結しているのだろう。

もうひとつ見たかったのが、松本竣介の最後の二枚である。それぞれ、背景に潜む歴史の重さと、前面に軽快に描かれた表象とによって構成されている。ふたつの間の交錯が複雑な時間を表現しているように思えた。

とくに「建物」は面白かった。背景にはぼんやりとした四角い建物の、「内側」が描かれており、前景には太くくっきりとした線描で、三角屋根と大きなステンドグラスの丸窓のある建物の「外側」が描かれているのだ。

つまり、一枚の絵のなかに、内側と外側がほぼ重ねられて描かれ、おそらくそれらの時間は異なるものなのだ。それは、もう一枚の「彫刻と少女」でも共通していて、少女の内側らしい質感をもった身体と、黒い線で描かれた輪郭とに落差が見られた。これらが最後の作品だとしたら、やはり画業としては「未完」ということではないか。結果として、最晩年はあるのであって、松本竣介本人にとっては最晩年ということは存在しなかったのではないかと思われた。

常設展では、以前開かれた、松本出身の草間弥生の展覧会が残されていた。以前に書いたように、間違いかもしれないが、もしかしたら絵画を習ったことがあるかもしれないのだ。相変わらずなのであるが、際立った水玉や、無限鏡を見つめていると、すべて自分の心や、自分の姿に帰ってくるような、外向と内向の強烈なベクトルが感じられた。自分は何者なんだろうか、とこの作品を観るたびに問わざるを得ない。

« 二日目の講義 | トップページ | 民芸について »

絵画・展覧会」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173786/16091178

この記事へのトラックバック一覧です: 絵画における「絶筆」展:

« 二日目の講義 | トップページ | 民芸について »

『貨幣・勤労・代理人』(経済文明論)

  • “「貨幣・勤労・代理人」"

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。