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2007/08/27

田舎生活について

毎年、夏には「田舎生活」をおくってきていた。今年度はいろいろのことが重なったので、先日書いたように墓参りだけで終わってしまった。

「田舎生活」というのは、どのような状況であると見られているのだろうか。映画「天然コケッコー」山下監督を観て来た。

第一に、この映画が描くところでは、「田舎生活」は、シンプルである。小学校と中学校がひとつで、人間関係が複雑でない。濃厚ではないというわけではなく、邪念が少なく、ノイズ・雑念がないのだ。

第二に、都会から見るほど、消費生活に困っているわけではない。通信販売も不完全ながら浸透しているし、村での何でも屋さんも健在なのだ。それに文化的には、テレビもラジオもインターネットもある。したがって、都会とそれほど変わりないのだ。

第三に、都会では分断されてしまった人びとのネットワークが、かすかであるが、まだまだしぶとく残っている。現代におけるユートピアというものの成立可能性は、やはり良いネットワークの存在にある。

この忙しい世の中で、携帯電話もなく、電車もなく、会社などの組織も存在しないで生きていくことができるような、ひとつのユートピアの成立可能性が、この映画の核心だと思われる。

この映画のなかで、隠れたネットワークを重視しているところは、たとえばバレンタインのチョコレートの互酬制に現れる。男の子の母親が作った義理チョコは、女の子の父親のポケットに入っていて、それを女の子の母親が取って、息子にあげる。その息子は男の子へそのチョコを手渡すが、それは女の子の贈り物として渡されることになる。ということで、無事に始めのチョコは、周り廻って、最初の男の子の家へ戻っていくのだった。

必要最小限の人間とそのネットワークがあれば、生活は成り立つ、ということもこの映画の教訓のひとつだ。簡単にシンプルに、現代版ユートピアを描いていると思う。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。