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2007/08/01

イングマール・ベルイマン

先日の30日に映画監督のイングマール・ベルイマンが亡くなった。

わたしたちの学生時代、とくにわたしの場合には、70年代に作品を数多く観た。けれども、傑作といわれるものは、50年代、60年代のものが多い。

時間を遡っていくなかでの老医師を描いた『野いちご』や、ずっと後で制作された『魔笛』などが記憶に残っている。

いまから考えると、なぜベルイマンの作品にこんなに焦がれたのか、不思議な感じが残っている。流行していたヌーヴェルヴァーグなどとは手法が明らかに違っていた。

典型例は、『魔術師』(原題は『顔』だったと思うが)である。出だしからして、シェイクスピアの舞台を思わせるような、馬車の影絵のようなシーンから始まっていたと思う。ミステリーのような悪行や恋愛小説のような愛情を思わせるシーンは存在しない。必然の筋は想定されていない。その場その場の場面展開で、内的にさらに内的に、劇は進んでいくのだ。

どちらかというと、古典的な手法が目立った映画だった。白黒の画面であったし、舞台劇を思わせるようなシーンが多かった。

30年前にもかかわらず、マックスフォン・シドーの演技が目に浮かぶ。おそらく、わたしが老いて、このシーンが夢に出てくるとしたら、この黒マント姿の彼の姿であろうと思われる。

とくに当時素敵だと思われたのは、場面転回の急激さであった。ラストになって、暗い感じの映画が急に明るい感じの映画に転換し、その急激な転換に観客はついていかれず、あっけにとられているうちに、最後を迎えてしまう。

このタイミングは絶妙であった。これまでの映画になかったような、新鮮な驚きで眺めていた。

映画が終わってからが面白かった。ゼミの先輩たちと一緒に、岩波ホールで見たのだが、跳ねてから近くの喫茶店ラドリオで、暗くなるまで議論していた記憶がある。

内容は年月が経ってしまったので、あまり思い出せないが、とくに、魔術師には、不条理な部分が多かったので、その解釈は幾重にも幾重にも積み重ねることができた。仕合せな気分で、帰路に着いたのを思い出した。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。