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2007/05/24

不確実な病院のこと

朝、母から電話が入って、起き上がれない状態だという。

これまでリュウマチが悪化して、膝が痛くて歩けないという状況になったことはあったが、こんどの腰から大腿部にかけての痛みは経験したことのないものだそうだ。

あわてて、神奈川学習センターでの仕事を超特急で済ませて、あまりできることはないかもしれないが、母の家へ駆けつける。

もっとも困ったのは、これまでに経験したことのない状況にあって、誰にどのように相談したら良いのかということであった。じつはその日、母は掛かりつけの医者にその痛みを相談して、強い薬をもらって帰ってきたところだったのだ。

当然、二、三日はその薬の効能を信じて、様子を見るしかなかったのだが、どうも時間が経つにつれて悪化しつつあるようだ。薬が効かないらしかった。その医者に相談するべく電話を入れると、休診日にあたっていて連絡がつかない。

この段階で、いろいろな人の意見を聞きまわってみたのだが、なかなか決定的な情報を得ることができなかった。そうこうするうちに、救急車の要請も考えてみるまでに、事態が逼迫してきた。

二日後、ようやく行きつけの医者と連絡が取れ、近くのレントゲンを撮ることのできる病院へ行くことを勧められる。つまり、次に何をすれば良いのかが、素人にはわからないのだ、と観念する。

このことは、レントゲンを撮った後にも起こった。レントゲンでわかることは、その異常な痛みが骨折か骨折ではないかということだけであり、さらにそれ以上の状況を見るためには、MRIによる検査を受けねばならないのだ、と知らされる。

かなり、原因の微妙な「痛み」になりつつあることが理解されてきた。さて、つぎはどのような展開が現れるのだろうか。このような状況は誰もが経験することであり、これからも何回も悩むことになることだが、ここには明らかに、日常生活の迷路が存在するのだ。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。