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2007/05/12

自分の「フィールド」について

午後、東京文京学習センターで、5月の大学院ゼミナールを開いた。

そのとき共通の話題になったことで、「フィールド」とはなにか、ということがあった。放送大学の大学院生は、職業もさまざま、バックグランドも異なるし、専門分野もまちまちである。このとき、自分のフィールドをどこに定め、どのような方法で論文を成就するのかが問われる。

ふつう、論文の問題提起をする場合に、自分の「フィールド」から取り上げるほうが良い、という一般的傾向が、経験的な社会科学の場合には存在する。

学問の分野や領域をフィールドと呼ぶ場合もある。けれども、圧倒的なイメージとしては、フィールド・ワーク、すなわち野外研究、実地調査ということのほうが強い。

今日問題になったことも、同様なことである。つまり、論文の問題意識を固めるために、その人の職業上、生活上のフィールドを重視すべきだ、ということを、オブザーバーで出席していたS氏が主張した。

S氏は明らかに後者のフィールドをイメージしていたのだと思う。自分の常日頃接しているフィールドを題材にすべきだと言うことだ。

S氏の言うことはたいへん的確に論文のテーマ選定の原則を貫いていると思われる。基本的には、その方針で行うことが、放送大学の学生には合っていると思われる。放送大学生には、社会人が多く、経験が豊富なのだ。

しかし、ひとたび論文を書き始めると、「一体、自分のフィールドとは何なのか」ということが改めてさらに深く問われることも確かである。自分が専門でやってきたことが、いざ論文を書くときには、不確かな点が出てきて、今までの知識では太刀打ちできない事態が必ず生ずるのだ。もう一度疑ってみなければならないということが絶えず起こるのだ。

だから、論文を書く作業は、あらためて自分のフィールドを再発見する過程でもあるといえるのではないかと思う。

残念ながら、体調を崩した人が多く、珍しく出席率の悪いゼミナールとなった。けれども、その後の喫茶店へ移っての雑談は盛り上がった。

それにしても、茗荷谷の駅前にあった「同潤会大塚女子アパート」が取り壊されて、さらに道の反対側の雑居的な商店街も取り壊され、かなり大きな再開発が進んでいる。

放送大学のビルも相当古いので、この際これらの再開発に便乗して、新しい試みをこの地で展開したら面白いのではないかと思う。前東京文京学習センター長のK先生が建物の構想を残されていったと聞いている。さて、このような望みはあるのでしょうか。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。