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2007/05/01

山の向こうへ

ここ数ヶ月、旅の季節を送った。わたしは山国育ちで、盆地のなかから、いつも「山の向こうへ」という意識があったために、旅好きになったのだと思う。

妻が『池澤夏樹の旅地図』を図書館から借りてきたので、ちょっと拝借して、読ませてもらった。

65ページに、「初めての旅は覚えていますか」という質問に答えて、「最初の旅は、帯広から広尾線の軽便鉄道に乗ってほんの少し南にある知り合いの牧場まで行ったこと。札幌に行ったほうが先だったかもしれません。」といっている。

初めての旅がどのようなものだったかは、かなりその人のその後の旅行観を決定するのではないかと思う。ボヘミアンの素質というのは、旅行を始めたときに明らかになるのだ。

今読んでいる「ロビンソン・クルーソー」がやはりそうなのだ。旅に出ては失敗を繰り返すのだが、反省を何回も重ねてもかれの旅には変化がないというのか、ありすぎるというのか、なのだ。旅をせざるを得ないという性分は直らない。

さてそれでは、自分の「初めての旅」はどのようだったか、思い出してみた。家族と一緒の旅は数多くあった。けれども、やはり「初めての旅」と呼べるのは、わたしの場合ひとり旅行である。

距離は短かった。小学校3年生だったと思うが、長野県の松本から、大糸線に乗って、信濃大町まで。約1時間ではあったが、一人だという印象が強い。当時漫画を読むことには躊躇があったのだが、旅の開放感があって、ちょうど「少年サンデー」が週刊誌として創刊されていて、それを買って乗り込んだ。

だから、この小旅行は、いつも生活している自分ではない自分を生きるためにあったと、初めて言える旅であった。それから何度も、自分から逃れるために(もちろん、逃れることなどできないにもかかわらず)、現実を否定するために、旅を重ねてきたといえる。ロビンソン・クルーソーのように、「船」が座礁してしまったら、いつも自分に戻ってこれるとは限らないであろう。

池澤の旅に比べれば、わたしのはまだ序の口でしかないと思われる。彼の旅とは、「いるべきでない場所にいる、という矛盾がぼくの人生を貫いてきた。今もってぼくはそれを解決しきれないでいる」ということらしい。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。