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2007/05/14

コンピュータとの共生

放送大学のテキストを検索して遊んでいたら、「共生symbiosis」という言葉が分野を超えて、さまざまに使われていることがわかった。技術系のテキストでは、人間とコンピュータの「共生」という使い方をしている。

月刊誌の「論座」の今月号(6月号)で、プロ棋士の羽生善治と脳科学の茂木健一郎が対談していて、コンピュータ将棋ソフト「ボナンザ」を俎上に載せていた。将棋ソフトが初期の状態から進化して、そろそろプロ棋士を負かす段階にきているということである。

問題は、将棋の指し方にあるというのが、この対談の中心テーマである。つまり、これまでのソフトは、人間を真似ようとして、棋士たちの「定石」や「大局観」などをソフトに読み込ませて、プロ棋士に近づけるような開発が進めれてきたということである。これでは、プロ棋士を追い越すことはできない。

ところが、「ボナンザ」はコンピュータ本来の特性を活かして、より速く、より多く演算を行うことができるように、特化させているらしい。つまり、演算能力という力に任せて、相手のあらゆる指し手を読み、効率よくそれに対処するようにできているということである。

そこでは、熟練も必要ないし、定石を知る必要もないのだ。ただただ無機的な演算が行われるだけの将棋が生じているというのである。

これは問題だ。将来の展開が読めないところが、将棋の魅力であったのだが、それをすべて読みきってしまう技術が将棋の世界にも現れようとしていることになる。

いままでと異質な将棋の打ち方が将棋の世界を変えてしまうかもしれないのだ。人間の熟練した技が勝負を面白くしていたのだが、コンピュータの技術がその熟練を超えるかもしれない、という状況が出現しつつあるのだ。

人間はこのようなところでも、コンピュータと共生できるのだろうか。恋愛をして、相手を探すよりも、データベースを検索して結婚相手を探したほうがよいという時代がくるかもしれない、と茂木は問題提起している。もちろん、コンピュータを介しないと、行動ができないという事態はかなり危機的であると思われるが、かなり現実的な問題にまでなってきている。

さて、将棋が好きで、かなり強いという、うわさの早稲田大学のO先生が、かれのブログで、わたしの放送大学テキストを取り上げてくださっている。有難いことである。(下記を参照。)彼だったら、コンピュータ将棋について、どのような感想をもつだろうか。聞いてみたいところである。

http://blog.goo.ne.jp/ohkubo-takaji/d/20070512

それにしても、このブログを読むかぎり、O先生の食事は、かなり偏っているのでないだろうか。他人事ながらも、気になってしまった。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。