« 試験問題の適切さ | トップページ | 市川三本松のY商店 »

2007/02/21

どろろの自由さ

今日の午後、すこし時間ができたので、かねてから行きたいと思っていた東京の展覧会へ繰り出すことにしていた。ところが、次から次へメールに載って仕事が押し寄せる。仕事というのは過酷なもので、なかなか終わらず、許してもらえない。

それに、これから収録です。といっている先生方を尻目に、今日の予定が済んだからといって、これから展覧会ですとは、さすがに言いにくい。

そうこうしている内に、3時半を過ぎてしまった。展覧会は5時までだから、4時半までに美術館へ入らなければ、見ることはできない。ということは、幕張から行くにはすでにアウトである。

仕方ないので、いつものとおり幕張シネプレックスへ駆け込む。いずれ行こうと思っていた映画を観ることへ変更する。今月はポイントが2倍ですと言われ、ちょっと得した気分になる。すでにCM放映中で暗くなった場内へ入り、うわさの『どろろ』を観る。

前半は、漫画の「どろろ」を知っているものには、テンポが遅く、ついて行くのが辛かった。この辛さはなぜだろう。漫画では数ページで済むところが、映像では説明が長くなってしまうからだ。そうと思ってると、途中のアクション場面辺りから、次第に主題が明確になり、ようやく面白くなってきた。

『どろろ』の解釈にはいろいろあると思う。たとえば、化け物たちに注目すれば、怪奇物語という解釈はありうるだろう。けれども、あらためて今回の映画で知ったのは、『どろろ』は、いわゆる教養小説(ビルドゥングスロマン)、つまり人格形成の成長物語だということだ。

ふつう、教養小説では精神の発達が描かれることになっており、次第に大人へと成長することが予定されている。『どろろ』の場合、いわば「可視化」が図られており、奪われた48の身体の箇所を取り戻すことが描かれ、これが精神発達の隠喩となっているのである。一人の人間として、自律するようになる点では共通点が多い。

この視点から見れば、大人というものは、精神の完全性から欠落したものだということも過不足なく描いていて、新たな表現を見事に開拓していると思う。つまり、人間形成を身体の問題に移して、隠喩として描いてしまっているところが凄いと思った。

このように、原作の良さが光っていたと思う。途中から集中できたのも、物語の筋が良いからに相違ないと思われた。蜘蛛の化け物から足を取り戻すように、自然に巣食う万物の恵みから、身体の一部をいただいていくという、人間にとって普遍的な真理を怪奇ロマン物語として復活させた手法は秀逸である。

とくに、何度観ても良いと思われるのは、結末の父親と子どもたちのやり取りである。父と子の権力対立と、親子の融和があり、そこに意外性が加えられ、なおかつ普遍的な筋書きになっている。なにより、縛られていた身体と人間関係から開放され、自由になっていく「百鬼丸」には共感するところがある。

原作の良さだけでなく、映画としても良い点はあったと思う。暗い色調の映像は、最初のほうではすこしやりすぎて映像に雨が降っていたが、途中から、目が慣れるにしたがって、落ち着いてみることができるようになった。

最後に特筆すべきなのは、評価は分かれるかもしれないが、柴咲コウの演技である。もうすこし背が小さくて、痩せていれば、「どろろ」のイメージにぴったりなのだが、その欠点を補ってもあまりある演技力だったとわたしは思う。

あのように突き抜けるような自由さを表現することができるのは、並大抵ではない。ところで、このように数ヶ月間役に成りきってしまうと、現実の世界へどのように戻ってくるのだろうか。

わたしなどは、ほんの45分間でさえ、放送の世界にのめり込むと、現実の世界になかなか戻ってくることができない。柴咲コウは、きっとあのままあの世界にとどまりたいと、最後は思ったにちがいない。『どろろ』の自由さというのは、それほど強烈なのではなかろうか。

« 試験問題の適切さ | トップページ | 市川三本松のY商店 »

心と体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/173786/13999734

この記事へのトラックバック一覧です: どろろの自由さ:

« 試験問題の適切さ | トップページ | 市川三本松のY商店 »

社会経営研究配布中

  • 2015study

社会経営ジャーナル配布中

  • 2015journal

開いている講義    「社会的協力論」

  • cooperation

「音を追究する」第13回・第14回

  • art

「多様なキャリアを考える」第2回・第3回・第4回

  • cooperation

「グローバル化と私たちの社会」第11回

  • cooperation
2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ

Recommend

プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。