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2007/02/14

文化としてのチョコレート

今日はバレンタインの日であり、わが職場の女性の方がたから、豪華で美味しい義理チョコをいただいた。この歳になると、たとえ義理チョコでもいただけるだけで、たいへん嬉しい。

前から趣向品の食べ物についての分類法で、覚醒文化なのか、それとも酩酊文化なのかということを提起しているが、チョコレートは果たしてどちらなのかという問題がある。

おそらく、酩酊文化ではないのは確かだろう。チョコレートに酔うというのは、あまり聞かない。それでは、覚醒文化なのかといえば、それもすこし違う、という感じなのである。

ちょっと気になるけれども、それほど親密でもない、という関係が、職場では必要で、そしてやはりその関係を長く保つことが重要なのだと思われる。この点を表現すると、やはりチョコレートなのかもしれない。

一緒にアルコールを飲まなければならない酩酊文化だと、やはり近づきすぎるだろう。また、覚醒文化でも、喫茶店くらいは付きあわなければならないだろう。それに対して、チョコレートならば、遠くから伝えることのできる、奥ゆかしい人間関係の文化なのである。

チョコレートは腐らないし、またお菓子としても長持ちできるということで、贈答文化に合っていて、この点でも遠隔向けの文化品なのだ。

珈琲はたいへん好きで、これについては一日どのくらいいただくのかわからないほどである。これは、わたしが覚醒文化の一員であるという極めて党派性を持っていることを示している。

このことははっきりしているのだが、前からわからなかったのが、このチョコレートであった。覚醒文化人からみて、チョコレートがコミュニケーションの道具として使われていることに、ようやく気づいたことが今回の収穫であった。

それにしても、春一番のような冬の嵐のなか、研究棟まで届けてくださったMさん、そしてお気使いくださった女性の方々どうもありがとうございました。

それからそのほかに、今日は人間関係で、たいへん感じ入る場面に出会うことができた。プライベイトなことを含むので、あまり述べることができないが、おそらく仕事ということをしていて、このような方と一緒に仕事ができるということに対して、たいへん感謝したいと感じるようなことだった。

これら二つのことは、職場という結びつきのなかでしか味わうことができないようなことだったので、今日の印象として記しておきたいと思った次第である。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。