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2007年2月に作成された投稿

2007/02/28

真実の困難さ

ゴアの映画「不都合な真実」をみてきた。

真実であることを人に信じさせることが、たいへん難しい時代なのだな、という印象が先にたった。地球温暖化をテーマとしたまじめな内容と、政治的な要素の多い映画だった。

内容の真実さを科学的な根拠で明らかにしようと、ゴアはこの映画のなかで再三述べている。けれども、このことを言えば言うほど、この映画はいわゆるプロパガンダ(意図を持った宣伝)映画になる。

映像で真実を描くことには、限界があるのは否めないだろう。もっとも、言葉が真実を伝達できる程度には伝えることはできるかもしれないが。

たとえば、昨年起こったハリケーン「カトリーナ」の悲惨な現場を映像で映しながら、これが地球温暖化の証拠です、と言われても、それは直接的な気象現象とどこが違うのだろうか。これらが頻繁に起こることがおかしいということだろうか。

この映画で説明されていることが、真実か否かということを疑い出したら、この映画の守備範囲からかなり離れなければならなくなる。この映画内容の真偽論争については喧しいが、ここではあまり立ち入らない。

むしろ、製作者はプロパガンダを意識的に行っている映画に仕立てている。地球温暖化を主題とした映画であるより、むしろプロパガンダを主題とした映画を意識しているのだと思われる位だ。

それが証拠に、「ゴア」の映像中心の映画になっており、彼に語らせることでこの映画は成り立っているのだ。延々と、彼が何千回も世界中で行ってきた「スライド講座」を映す。このゴアのしゃべり自体を映像にしたい、と製作者は考えたに違いないのだ。

科学的な説明を真剣に行いたいのであれば、その内容に相応しい講演者や説明が可能であったはずである。そうではなく、ゴアという、ひとつの「ブランド」を使う意味は、やはりプロパガンダにあるのではないかと思われる。

今回注目したのは、「プロパガンダの商品化」という点である。本来、環境の考え方というのは、商品社会の外部にあるために、倫理的な観点を入れたり、社会的な責任を継ぎ足さなければ、商品社会への参入はできない。

けれども、この映画が強靭だと思われるのは、このような「商品足り得ないこと」を映画という「商品」に仕立ててしまっているという点である。

本来商品化できないものを商品として成り立たせるにはどうしたらよいか、というヒントが詰まった映画であると思う。なぜ商品化が可能だったのだろうか。

その理由としては、第一に、ゴアというブランドを採用したこと。第二に、地球温暖化という知識群(真偽両方が含まれている複雑群であることが大切)が、わたしたちの生活の中に浸透してきているという事実を挙げることができよう。

そして、やはり抜かすことができないのは、そろそろ米大統領選挙ということが話題になってきており、あのときのゴアは今何をしているのか、とみんな考えていたということもあるだろう。

米大統領選挙というタイミングを利用したことは大きいと思われる。(映画のなかの、「一瞬、米大統領になった男」です、という台詞は効いていた。)

商品化という視点から見ると、この映画はアメリカ文化批判という内容とは違って、きわめてアメリカ的な手法を大胆に取り入れた映画であるといえる。グローバリゼーションの尖兵を逆手にとって、商品化できないものを商品化して、世界中に「輸出」し、グローバリゼーションの最先端を築いている映画であると評することも可能だと思った。アメリカ映画産業は、商品化というシステムを極限まで利用しつくしている点で、スゴイと思う。

2007/02/24

最終段階の校正

今日は一日、『経済社会の考え方』の校正のために空けておいた。

朝から、再校へ赤を入れ始める。文章の冗長さが気になるが、あまり削ってしまっても説明不足になってしまう。自分では、すでに説明してあったと思い込んでいて、初出の考え方にまったく説明なしに入ってしまうことがよくあり、編集者の方に注意される。

今回の編集者のYさんと、渋谷にあるNHK出版で待ち合わせていたので、早昼を食べて、東横線に乗る。日吉に住んでいたときには、渋谷へ出るのはまったく苦にならなかったが、横浜から先へ越してから、やはり渋谷への足は遠のくようになった。

センター街から宇田川町を抜けていくときには、なるべく早足で、わき目を振らずに歩くことに決めている。それでなくとも、いつも新奇性にさらされていて、目を置くところがふつうの10倍くらいあるため、通過するだけで疲れてしまうのだ。歳をとったということだ。

ようやく東急ハンズを過ぎる辺りで、宇田川町の裏道に入って、落ち着くのである。NHK出版の編集室はビルの6階にあって、オフィスの窓から渋谷のビル群が見える。

けれども、今日は土曜日なので、窓の内側のオフィスは、担当のYさんが一人だけだ。通常、20人ぐらいいる事務所も、閑散として、窓に当たる風がひゅうひゅうと聞こえるだけだった。

校正でいつも驚くのは、何度見直しても、必ず修正箇所が見つかるということである。自分では、意味や文脈を読んでしまうので、肝心の文字の誤りを見逃してしまうのだ。

そして、これも不思議なことに、他者のほうが校正の成果があがるということがある。単なるインクの染みとして、見ていったほうがよいのだ。(自分で書いたものだという意識は、校正段階で捨てるべきだということかもしれない。)

以前ここでも紹介したN出版の裏にある「Tabela」の濃いコーヒーを飲んでから、次のところへ移動しようとしたところ、残念ながらパーティ予約が入っていて閉じていた。すこし距離があるところだが、30年ほど前に入り浸っていたことのある道玄坂の「カフェ・ド・アン」(前は違う名前だったが)で休憩。ここは、シフォン・ケーキが美味しい。

Yさんが編集を担当した足立倫行著『親と離れて「ひと」となる』をいただいたので、読み始める。すでに、70年代、80年代から、不登校やニート問題に取り組んでいた人びとのドキュメントだ。登場人物は、みんな個性的で、熱情にあふれている。このような人びとが真剣に取り組んできていても、日本社会全体の中ではほんの一部でしかなく、数十年経っても、うまくいかなかったのがこの問題の奥深いところなのだ。

わたしたちがこの「カフェ・ド・アン」で、30年前にひきこもって、就職せずに議論ばかりしていたころに、ちょうどこの問題が、日本社会全体に広がりつつあったのだ。わたしたちは、かれらの「走り」だということになる。

2007/02/23

ラジオ収録の最終日

ラジオ収録の最終日である。

終わりはいずれやってくるとは思っていたが、あまりに簡単に訪れて、拍子抜けの感がある。放送大学では、テキストの執筆の合間に並行して、放送用の収録がある。

たとえば、テキストで苦労していると、放送のほうは意外に簡単に切り抜けることがときどきある。

今日は朝から順調に進んだので、先日行くのを諦めた展覧会へ帰りに寄ることに決めた。この点で、近代美術館は金曜日には夜の8時まで開いていて、たいへん重宝している。

Aさんから教えていただいた幕張からの最短距離の電車に乗って、一気に美術館のある竹橋へ。

目指すのは、「都路華香展」「柳宗理生活デザイン展」「横山大観の生々流転」とたいへん欲張りなメニューなのだ。玄関へ入ると、ちょうど生々流転の解説が始まるというので、レクチャーを聴きながら、40メートル(学芸員の方によると、7キロという重さなのだそうだ)の大絵巻に見入る。

もちろん、絵の素養はないわたしなので、鑑賞の方法も異なる。つまり、人と人の結びつきを絵画のなかに見てみよう、ということになる。

生々流転は面白かった。流転するのは、水の変化であり、山奥から中流を下り、大海へ出て、龍となって天へ登る、という物語なのだ。そのなかで、最初に、山奥で出てくるのは、木こりなどの一人ずつの労働する人なのだ。

それが二人、三人と、川が大きくなるにしたがって、集団になる。中流では、家族が登場する。そして、最後には大きな屋敷が出てきて、権力と金が集中した場所が描かれている。山奥の小さな住居から、最後は屋敷に至る。この途中に、人間のさまざまな結びつきが描かれることになるのだ。

柳宗理のデザインは、横浜に住むものにとっては、たいへん親しいものなのだ。横浜の市営地下鉄には、彼のデザインした椅子や寄りかかりのバーなどがある。かつて、飛鳥田市長の依頼で作成されたものらしい。

とくに、今回の会場にあったものでは、安楽椅子が気に入った。たっぷりとした曲げ木と組み木で背もたれが作られており、足がシンプルですっきりしている。現在でも、どこかで売り出されていても不思議でないデザインだ。

仕事と遊びの両方で、密度の濃い一日となった。

2007/02/22

市川三本松のY商店

市川三本松(千葉県)のY商店は、地元では有名な乾物屋さんだ。干物から佃煮、海産物、豆類に至るまで、美味しそうなものが並んでいるそうだ。

わたしは未だ行ったこともないし、もちろん見たこともないのだが、母が月に一回、市川真間にある病院へ行き、帰りにはいつも、新しく目に付いた、珍しいものを買ってくるのだ。

今日の夕飯には、それらを使って、大粒のえんどう豆の入った塩ごはんに、えぼ鯛の粕漬け、それからちょっと変わったもので、ゴボウを木の実で煮た物が食卓に並んだ。

このゴボウの煮物は、山椒が効いていて、またこのゴボウも柔らかく、繊維がまったくないほど煮込んである。しかも、形はほとんど崩れていないという見事なものなのだ。(特別な煮方をしているのだろうか。)

この商店の特徴は、この店が包装を独自に行っている点であり、ということは、仕入れはすべて独自のルートを持っているということらしいのだ。見たこともないのに不謹慎だとしかられるかもしれないが、話から想像すると老舗らしいし、店が二つに分かれているところから見ても、相当古くから商っていると思われる。

(母はいつも、「兄弟で分家しているのでは」、というのだが、わたしは「もっと前の先祖の代で分かれているのでは」、と勝手に想像している。)

横浜へ帰るときには、いつも京葉線を利用してしまうので、どうも総武線には縁がない。教えてもらった機会に、豆が好きな妻へ、何か買って帰ろうかな。包装紙を見ると、356円とか、238円とか、やはりグラムで価格をつけているので、百均や、スーパーに慣れたものには、目新しく新鮮に見える。

このように古くからの乾物屋さんでも、十分な商いができるという見本だろうと思う。遠くからでも、買いに来たいと思わせる店というのは、やはり得がたいものだ。この質素だが、贅沢な美味しさを、ぜひ持続していただきたいと外部応援団としては思っているのだ。

http://4travel.travel.msn.co.jp/img/tcs/t/pict/lrg/11/33/97/lrg_11339724.jpg

2007/02/21

どろろの自由さ

今日の午後、すこし時間ができたので、かねてから行きたいと思っていた東京の展覧会へ繰り出すことにしていた。ところが、次から次へメールに載って仕事が押し寄せる。仕事というのは過酷なもので、なかなか終わらず、許してもらえない。

それに、これから収録です。といっている先生方を尻目に、今日の予定が済んだからといって、これから展覧会ですとは、さすがに言いにくい。

そうこうしている内に、3時半を過ぎてしまった。展覧会は5時までだから、4時半までに美術館へ入らなければ、見ることはできない。ということは、幕張から行くにはすでにアウトである。

仕方ないので、いつものとおり幕張シネプレックスへ駆け込む。いずれ行こうと思っていた映画を観ることへ変更する。今月はポイントが2倍ですと言われ、ちょっと得した気分になる。すでにCM放映中で暗くなった場内へ入り、うわさの『どろろ』を観る。

前半は、漫画の「どろろ」を知っているものには、テンポが遅く、ついて行くのが辛かった。この辛さはなぜだろう。漫画では数ページで済むところが、映像では説明が長くなってしまうからだ。そうと思ってると、途中のアクション場面辺りから、次第に主題が明確になり、ようやく面白くなってきた。

『どろろ』の解釈にはいろいろあると思う。たとえば、化け物たちに注目すれば、怪奇物語という解釈はありうるだろう。けれども、あらためて今回の映画で知ったのは、『どろろ』は、いわゆる教養小説(ビルドゥングスロマン)、つまり人格形成の成長物語だということだ。

ふつう、教養小説では精神の発達が描かれることになっており、次第に大人へと成長することが予定されている。『どろろ』の場合、いわば「可視化」が図られており、奪われた48の身体の箇所を取り戻すことが描かれ、これが精神発達の隠喩となっているのである。一人の人間として、自律するようになる点では共通点が多い。

この視点から見れば、大人というものは、精神の完全性から欠落したものだということも過不足なく描いていて、新たな表現を見事に開拓していると思う。つまり、人間形成を身体の問題に移して、隠喩として描いてしまっているところが凄いと思った。

このように、原作の良さが光っていたと思う。途中から集中できたのも、物語の筋が良いからに相違ないと思われた。蜘蛛の化け物から足を取り戻すように、自然に巣食う万物の恵みから、身体の一部をいただいていくという、人間にとって普遍的な真理を怪奇ロマン物語として復活させた手法は秀逸である。

とくに、何度観ても良いと思われるのは、結末の父親と子どもたちのやり取りである。父と子の権力対立と、親子の融和があり、そこに意外性が加えられ、なおかつ普遍的な筋書きになっている。なにより、縛られていた身体と人間関係から開放され、自由になっていく「百鬼丸」には共感するところがある。

原作の良さだけでなく、映画としても良い点はあったと思う。暗い色調の映像は、最初のほうではすこしやりすぎて映像に雨が降っていたが、途中から、目が慣れるにしたがって、落ち着いてみることができるようになった。

最後に特筆すべきなのは、評価は分かれるかもしれないが、柴咲コウの演技である。もうすこし背が小さくて、痩せていれば、「どろろ」のイメージにぴったりなのだが、その欠点を補ってもあまりある演技力だったとわたしは思う。

あのように突き抜けるような自由さを表現することができるのは、並大抵ではない。ところで、このように数ヶ月間役に成りきってしまうと、現実の世界へどのように戻ってくるのだろうか。

わたしなどは、ほんの45分間でさえ、放送の世界にのめり込むと、現実の世界になかなか戻ってくることができない。柴咲コウは、きっとあのままあの世界にとどまりたいと、最後は思ったにちがいない。『どろろ』の自由さというのは、それほど強烈なのではなかろうか。

2007/02/18

試験問題の適切さ

今学期の定期試験(放送大学では、単位認定試験と言うが)が終わり、採点も終わって、これで大学の学務はほぼ全部終了したことになる。

今学期の反省をしておきたい。

わたしの科目『産業社会と消費社会の現代』は、4年が経過したので、役割を終えることになる。もっとも、あと一学期だけ再履修者に対して、試験だけ行うが、講義は今学期までだ。学習センターに設置しているビデオも、来学期中には回収される。

今回の試験答案をみて、あっと思ったことがある。この科目授業では、テレビ授業と、テキストの両方で講義が提供されている。したがって、試験範囲も、この両方を含んでいる。

そこで、試験問題のなかで、ビデオ教材を見ないと答えられない問題を含ませておいた。「広告の経済的役割はなにかについて、ビデオ教材の中から具体例を取り上げなさい」というものである。

テレビ教材では、汐留の電通アド・ミュージアムを取材録画したものを使っていた。(この映像では、今となっては著作権のクリアが絶対難しいものがふんだんに使われていて、贅沢なつくりのビデオであったのだが、終わるとなると何となく懐かしさがこみ上げてくるものだ。)

ところが、意外に放送とビデオは見られていないらしいのだ。わたしはまったく引っ掛けるつもりはなかったのだが、結果からすると、多くの人が落とし穴に引っかかってしまった。

答案のなかで、テキストの記述で、テレビでたぶん取り上げているのではないか、と予想される箇所を取り上げている人がかなりいたのだ。つまり、テキストではシャネルの5番のポスターを使って説明しているが、じつは放送教材の「汐留のミュージアム」では使っていない。

そこで、ポスターの説明をえんえんと繰り広げる人が続出したのはたいへんおかしいことだったのだ。もちろん、それはそれで、答える筋が通っていれば、加点したのだが、もちろんビデオ教材を見るという要件を満たしたことにはならないのだ。

(じつは、学生が勘違いしたもうひとつの可能性があって、他の授業で「広告」とは異なる文脈で、シャネル5番ポスターを使っているのだが。それなら、答案にそう記述するだろうと思われる。)

最後の最後になって、こんな簡単な罠に引っかかってしまった人には、たいへん申し訳ないと思う。反省すること、しきりなのだ。(未必の故意であることは言っておきたいが、他方で、してやったりとも思っているのも事実である。)今後は、瑣末な罠は避けるようにして、本質的なところを突くような試験問題を出そうと思っている。

さて、ここからは宣伝になるのだが、4月からは、新たな科目として、『経済社会の考え方』がラジオ科目で始まる。来週には、放送教材も完成する予定である。

また現在、編集者の方と相談しながら、最後の索引作りを行い、そろそろ最終校正を終えるところに差し掛かっている。この科目でも、またいろいろと新しい試みを付け加えていきたいと考えている。乞うご期待。

2007/02/14

文化としてのチョコレート

今日はバレンタインの日であり、わが職場の女性の方がたから、豪華で美味しい義理チョコをいただいた。この歳になると、たとえ義理チョコでもいただけるだけで、たいへん嬉しい。

前から趣向品の食べ物についての分類法で、覚醒文化なのか、それとも酩酊文化なのかということを提起しているが、チョコレートは果たしてどちらなのかという問題がある。

おそらく、酩酊文化ではないのは確かだろう。チョコレートに酔うというのは、あまり聞かない。それでは、覚醒文化なのかといえば、それもすこし違う、という感じなのである。

ちょっと気になるけれども、それほど親密でもない、という関係が、職場では必要で、そしてやはりその関係を長く保つことが重要なのだと思われる。この点を表現すると、やはりチョコレートなのかもしれない。

一緒にアルコールを飲まなければならない酩酊文化だと、やはり近づきすぎるだろう。また、覚醒文化でも、喫茶店くらいは付きあわなければならないだろう。それに対して、チョコレートならば、遠くから伝えることのできる、奥ゆかしい人間関係の文化なのである。

チョコレートは腐らないし、またお菓子としても長持ちできるということで、贈答文化に合っていて、この点でも遠隔向けの文化品なのだ。

珈琲はたいへん好きで、これについては一日どのくらいいただくのかわからないほどである。これは、わたしが覚醒文化の一員であるという極めて党派性を持っていることを示している。

このことははっきりしているのだが、前からわからなかったのが、このチョコレートであった。覚醒文化人からみて、チョコレートがコミュニケーションの道具として使われていることに、ようやく気づいたことが今回の収穫であった。

それにしても、春一番のような冬の嵐のなか、研究棟まで届けてくださったMさん、そしてお気使いくださった女性の方々どうもありがとうございました。

それからそのほかに、今日は人間関係で、たいへん感じ入る場面に出会うことができた。プライベイトなことを含むので、あまり述べることができないが、おそらく仕事ということをしていて、このような方と一緒に仕事ができるということに対して、たいへん感謝したいと感じるようなことだった。

これら二つのことは、職場という結びつきのなかでしか味わうことができないようなことだったので、今日の印象として記しておきたいと思った次第である。

2007/02/06

採点の楽しみ

これは内緒の話だが、1月下旬に行ったK大学の学期末試験答案を仕事の先々へ持ち歩いている。ふつう、答案というのは大学では最重要書類なので、採点中に持ち歩くのはもっての外である。

ところが、今回はそうは行かない。この採点中に放送大学や、他の大学の仕事がびっしりとあり、採点期間の締め切りを守るためには一緒に旅に回ってもらわなければならない。このようなときに事情を斟酌してくれるのが、K大の寛大なところなのだ。

ところが、やはり待つにも限度があり、ずっと待ってくれるというわけにはいかないらしい。数日後の投函ということで期限を切られてしまった。ということは、やはり持ち回って、じっくりと行き帰りの新幹線や特急などで取り組まなければならないということになる。

答案のなかに、このブログを読んでいると書いてきた女性の学生もいた。(最近は女子学生とは言わないらしい。もっとも放送大学では以前からこの言葉は死語であった。)

しっかり読ませていただいたよ。内容はたいへん良かったので、Aランク。これはブログの読者に手心を加えた結果でなく、実際の答案の出来が良かったからであることを強調しておきたい。したがって、老婆心ながら、来年度の試験対策にこの手を使っても通用しないことを今のうちに言っておきたい。

もっとも、このような拙文を読む位に好奇心が強ければ、試験への心構えも他の人よりしっかりするのは当然だから、あえて老婆心を発揮しなくても良かったのかもしれない。(老婆心も、女子同様、死語となりつつある。)

2007/02/05

鮟肝の煮物

今日も朝からラジオ収録。ようやく収録もあと1回で終了というところまで漕ぎ着けた。終わりが見えるということは嬉しいことだ。お祝いにどこかでご馳走を食べたいと思う。

明日からのC大学の集中講義のため、幕張から銚子へ移動。最近は、道路沿いに住む人が増えてきたらしく、何と驚くことに、幕張から銚子行きの直通バスが出ている。時間がかかるのが難点だが、大きな荷物を持っているものにとって有難い。銚子は数ヶ月ぶりだが、銚子駅舎が新しくなっているに気がつく。景気がここにも浸透してきている。

銚子駅前に、「かみち」という魚料理の店があって、今まで何回か来ているにもかかわらず、一度もこの店へは入ったことがなかった。

中は意外に落ち着いた雰囲気で、時間が遅かったせいで、ほとんど客も帰ったあとらしい。ひとり静かに収録終了の前祝いを行うには最適の雰囲気だ。

さっそく銚子港からの新鮮な刺身の定食をとって、精進明けを祝うことにする。この刺身もさることながら、一緒に出てきた鮟肝の大根との煮物は、酒に合って、特別に美味しかった。

2007/02/04

旅の楽しさ

帰りの新幹線のなかで、居眠りをして起きると、こちらをじっと見つめる女性たちに気づく。まさかとは思ったが、知り合いでもいるのかと思い視線を返した。けれど、そのなかに見覚えのある顔はなかった。

そうこうしているうちに、列車は浜松から静岡をすぎていく。そのご、30分ほどに渡ってこちらを向いて、なにやら話している。こちらも、仕事を抱えていて、必死になって片付けていたので、途中忘れていた。

そして、トンネルを抜け、視界がぱっと開けると、ぱちぱちと拍手と歓声が起こった。富士山を探していたのだった。目の前に想像の三倍もあるような三角錐の巨大な塊と、広々とした裾野が広がる。改めて眺めてみると、やっぱり壮観な風景である。

それにしても、なんと地理感のない人たちだ。静岡の前から、富士山が見えると考えるだろうか。けれど、旅を楽しむ無邪気さに免じて、旅のマナーの悪さは無罪放免とすることにした。

旅の楽しさは何かと問うならば、景色の良さはトップに来るだろう。富士山を待ち望んで、感激のあまり拍手をするのは、旅の本質である。そして、一緒に感激してくれる仲間と一緒に旅をすることも、また旅の楽しさのひとつである。

老年期を向かえ、女性同士で旅をする人びとが多いと聞く。まさに、こちらを伺っていた人たちは、そのグループなのだ。3人以上で旅をしているらしい。たいへんリラックスしていらっしゃる。

こちらをじっと見ていたお返しに、すこし彼女らを観察することにした。リラックスの質が違う。およそ動作は、上品な女性たちなのだが、靴を脱いで、素足になって座席に座っている。

そして、会話の中心は、旅のおみやげのことらしかった。3人で手分けして、封筒にそのおみやげを詰めて、宛名を書いて封をしている。共通の友への贈り物らしい。このような協力し合いながら、旅を続けることも旅の楽しさなのだ。

かといって、この3人以上の人たちは、いつも一緒のことをしているわけではない。それ以外の時には、雑誌を読んだり、パンフレットを開いてみたり、手紙を書いたり思い思いの手仕事をしていて、それぞれ自由である。

このような気の置けない自由な時間を過ごすことができることが、最も旅を楽しむ極意ではないだろうか。富士山への拍手が新幹線の旅で起こるとは思わなかった。と同時に、男性集団には見られない良い点があって、うらやましくもあったのは、正直なところだ。

2007/02/03

大阪ゼミ合宿

半年に一度の、H先生を中心とした大学院ゼミ合宿で、大阪へ来ている。今回は、学期末試験中の大阪学習センターの入っているビルの下にある大阪教育大学教室を借り切って行った。

教室へ行くと、仙台から参加したSさんが、すでにプロジェクターやパソコンをセットしてくれていた。2月の会では、すでにM2の方がたは、修士論文を仕上げてしまっているので出てこない。M1の方がただけの合宿である。

学生の方がたが、三々五々集まってくる。雑談をするなかで、半年前のそれぞれの発表を思い出し、次第に発表会の気運が高まってくる。

6時前にはゼミが終わって、H先生の優秀な秘書のWさんが探しておいてくださった居酒屋へ向かう。A先生によると、学習センターのある天王寺から南にくだったところは、漫画の「じゃりんこチエ」の世界が現れるのだという。

目的の居酒屋のあるアーケードは、大通りから一歩は行ったところであるにもかかわらず、戦後の闇市あとという雰囲気で、古い曲がりくねった飲み屋街が続き、昭和30年代の世界に迷い込んだような一角だった。チエが下駄を履いて現れても不思議はない路地裏だった。

良い論文は良いコミュニケーションから生まれる、というのは、おそらく社会科学の場合、かなり確率の高い真理だと思われる。ゼミと懇親会と二重のコミュニケーションで、十分な活力を得たことだと思われる。

明日も活発なゼミを期待したい。ホテルに帰ってからも、まだまだ酔いは覚めない。もうしばらく、横浜から持ってきた「宿題」を済ませて、それから休むことにしよう。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。