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2007/01/25

小説のなかの放送大学

今日は、ラジオの収録を午前中一本済まし、気分が良かったので、久しぶりにホイトウで昼食を食べた。「白身魚の甘酢煮」の日替わり定食である。縦長の窓をふと見上げると、ちょうど正面が「幕張ファミールハイツ」であった。

いまから10数年ほど前、わたしの師であるN先生が放送大学で番組を収録し、帰りにこのマンションのなかへ消えていった。

すでに亡くなってしまったが、小説家の後藤明生が関西へ移る前、このマンションに住んでいたことがあり、そこを訪れるということだった。

当時、後藤明生は、「首塚の上のアドバルーン」という連作集を上梓していて、そのなかに頻繁に放送大学の建物と、白と赤のテレビアンテナが登場する。一般の大学では、その大学出身の小説家がいて、青春時代を描き、学園モノの小説を持っているものだ。

「首塚の上のアドバルーン」には、残念ながら放送大学の学生は出てこないが、放送大学の雰囲気を、ほんのちょっとではあるが、伝えているという点では、唯一の小説ではないかと思っている。 Img_1287a

この小説に従えば、ファミールハイツから放送大学越しにずっと先方をみると、こんもりとした森がいくつか存在する。これは、戦国時代に築かれた「首塚」なのだそうだ。戦いで首級をあげられた人びとを祭ったところなのだ。

主人公が散歩の足を伸ばして、そこを訪れると、不審な女性がその森を掃除していたりする。ぞくっと来るようなところらしい。一度行ってみたいと思っている。その首塚から、この小説は時空を超えて、観念の冒険が始まるのだが、それは読んでのお楽しみに残しておきたい。

この14階建てのファミールハイツが建ったころには、ずっと何キロも見渡せる環境だったに違いない。そのような景色だったからこそ、この小説のような想像力が湧いたのだと思われる。

Img_1286a 今日、ファミールハイツから、ぐるっと見渡せば、左には幕張新都心が広がり、もっと高いビル群が威圧するように建っている。対照的に、右には歴史を持った旧市街の幕張の町があり、いまは日陰になってしまっている。その左と右の中間に、問題の首塚が眠っており、そしてまた、電波を発して時空を飛び越えている放送大学もあるのだ。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。