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2007/01/27

芝生の道

070127_160101_2 幕張の帰り道、公園のなかを通ることにしている。緩やかな坂道がずっと上ったり下がったりして、飽きることがない。気分は退屈を感じていても、自然は退屈を感じない。

ところによっては見通しが良くなるが、大概は先が見通せないように造られている。現実とそっくりだ。

前から知りたいと思っている樹なのだが、名前がわからない。図鑑を持ってきて照らし合わせるには、図書館から距離がありすぎる。常緑樹でありながら、広葉樹の並木が道なりに連なっている。070127_160002_1

とくに気に入っているのは、芝生の道である。さく、さくと音がして、枯葉となった 芝生の感触が楽しい。

昔、岡潔という数学者がいて、小林秀雄と対談を行っている本を読んだとき、コンクリートを歩くのは脳に響いて良くない。なるべく刺激を与えないように、底に厚いゴムのついた長靴を履いている、と言っていた。

晴れた日に長靴を履いている人を見つけると、岡潔の信奉者かもしれないと思ってしまうほど、強烈な印象を残している。

それ以来、数学者に会うと、長靴を履くのか、と尋ねることにしているが、いまだかつて、そのような靴を履いている数学者に会ったことはない。といっても、会った数学者の数はそれほど多くはないので、結論を出すまで、まだまだサンプルを増やさねばならぬと思っている。

けれども、この芝生の道ならば、絶対にそんな長靴は無用である。むしろ、さくっとくる感覚は、脳に柔らかな刺激を与え、かえってよい効果を及ぼしているような気がする。

それが証拠に、アスファルトの道に戻った途端に、すこし大袈裟かもしれないが、金槌でガンと打ったような不快な響きを感ずるのだ。

070127_160001_2 今日は試験監督を行った。緊張が悪い影響を与えている。このようなときに、この芝生の道は気分を和らげてくれるのだ。最近、ビジネス街にマッサージ屋さんをよく見かけるが、おそらく芝生の道のマッサージに比べれば、格段下がるサービスに違いない。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。