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2006/12/06

トンガとフィジー

フィジーでも、トンガに続いて、混乱が伝えられている。こちらは、軍のクーデターである。

けれども、この扱いの違いはなんだ、とトンガ贔屓としては、じつはたいへん怒っている。マスコミの扱いがまったく異なるのだ。トンガでは、死者が7人も出たが、フィジーの場合には、今のところ死者もけが人も伝えられていない。

それにもかかわらず、トンガの事件は社会面にちょっと載っただけだったのだが、フィジーの事件では、朝日新聞でも4段で写真入の記事を掲載している。アナン国連事務総長の談話や、麻生外相の談話などが直ちに伝えられ、国際社会での扱いがトンガとまったく異なっている。この差はなんだ、と言いたい。

トンガは現政権が一応続いていて、体制に変化はなかったが、フィジーでは現政権が倒され、軍が政権を掌握した、という。なるほど権力の問題としては、フィジーのほうが大事だと思えるかもしれない。けれども、やはりわたしは国の大きさが、この報道の差に現れていると思う。

じつは、外国人にとっては、フィジーには以前から二つの顔がある。ナンディという国際空港のある都市から入っていく楽園観光の国という面と、首都スバから入ってこの国の人種対立などの歴史をたっぷりと知らされる面とである。今回の事件は、観光の方面ではおそらくまったく影響のなかったことではないかと思われる。これは首都スバの出来事なのだ。

南太平洋では、たくさんの島が点々としていて、わたしたちには、みんな同じに見えてしまうが、じつはそのなかでも、小さな国(島)と大きな国(島)の違いがある。どこで見分けるかといえば、川が存在するか、だと聞いたことがある。

つまり、川のできるほどの島であれば、まず水の補給ができるので、自給自足が可能になる。農園も大規模なものを形成できる。ということは、治水事業が成り立ち、生産物ができることになるから、そこに権力が生まれることになるのだ。

きわめて、即物的な言い方だが、フィジーを見ていると、真実であると思われる。フィジーには、じっさい高い山があり、ナンディからスバへの飛行機に乗って上から眺めればわかるように、川があるのだ。

そして、なによりも、首都のスバには日本の大使館をはじめとして、各国の大使館が開かれていて、スバの情勢はそれぞれの本国へ直結している。それに対して、トンガには大使館はなく、スバの大使館が兼務している状態なのだ。

国の面積が違うといえば、そのとおりなのだが、国の差は面積ではないだろうと思う。けれども、この差は大きい。つまり、川のある島と川のない島の違いが、マスコミの扱いにも現れているのだ。(ちょっと、極論かな。現在では、総合大学が存在するか否かも大きいと思う。)

20年以上前にスバを訪れたときに、文豪の泊まったという、国会議事堂近くのホテルへ滞在した。フィジーは英連邦の一員であるので、英国系人とインド人の支配するお役所や企業が多く、取材していて、トンガの話をすると、鼻で笑ってその小ささを強調するので、あまり良い印象を持たなかった。

スバの博物館へいったとき、フィジーとトンガの複雑な関係をすこし理解した。フィジーがメラネシア系で、トンガがポリネシア系で、有史以来かなりの距離の海を越えて、何度も戦争を繰り返した歴史が展示されていた。互いに、ずっと戦争状態が続いてきていたのだ。

現在では、フィジーには、クーデターを起こすほどの軍隊が存在し、トンガには治安維持程度の軍隊しか存在しない。少なくともその違いは、博物館の戦争展示ではそれほどの差としてはあらわされていなかったように思う。対等に侵略しあっていたように記憶している。

なのに、この報道の違いはほんとうに許せない!

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