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2006/12/30

湯あたり

甲府から帰ってきてから、どうも肌がちくちくする。腕の皮膚もこころなしか茶褐色になっている。

妻は、湯あたりではないかという。ふつう、湯あたりはその場で気分が悪くなったり、貧血になったりすることと思っていたので、思いつかなかったのだ。たしかに、大辞泉をみると、「長く湯につかったり何回も入浴したりして、からだに変調をきたすこと」とある。

甲府には、東京から押し寄せたホテルや、独立系の安いホテルに対して、地元の老舗ホテルがあることは、夏に知った。名古屋と読んでしまった「古名屋」ホテルと、談露館ホテルである。

A先生がゼミ合宿で談露館へ泊まったことがある、と聞いていたので、今回は「古名屋ホテル」を宿坊とした。これは正解であった。暮れだったので、客が少なく、ホテル全体に余裕があり、仕事をするには最適であった。ラッキーであった。

広い部屋を用意してもらい、講義に出る以外は、部屋に閉じこもって仕事のできる快適な環境を得ることができた。

とくに、夜中は最高の状態だった。このホテルを選んだ理由は、大浴場のあることだった。部屋に帰ってすぐこれに入り、すこし仮眠を取った後、また湯に浸かった。

24時間かけ流しの湯で、すこし硫黄の匂いがするが、肌がすべすべになる泉質だった。三日目には、雷雨の強い寒い日になって、湯煙がもうもうとたち、30センチ向こうが見えないほどであった。客には、一人も出会わなかった。貸しきり状態なので、つい長湯をしてしまうのだ。

これが湯あたりの原因となったのだが、それにも増して効能あらたかだった。夜中でも眠気を覚ましてくれる万能湯であったし、肩こりはこの期間だけ起きなかった。睡眠時間は、いつもより少なかったけれども、昼間の講義でも眠くなかった。

結局、ゆり戻しがきたのだったが、何か無理をするときにはこの程度のことは我慢しなければならないだろう。

思い出したが、このような徹夜状態で、湯に入った経験は過去に何回かあって、その印象が続いているのだと思われる。

20年ほど前に、渋谷の寮に住んでいたことがある。このとき、住人は皆独身男性だった。ある夏、揃って西伊豆へ温泉旅行を挙行した。着くやいなや、麻雀大会ということになり、二日続きの大会が繰り広げられたのだ。

麻雀で何卓かを囲むことになったが、ブービーの人は一人ずつ休憩に入るルールを作った。かなり年配の方もいたので、休み休み行った。有名な温泉地で、やはりかけ流しの露天風呂にいつでも入ることができた。休みのときには、2時間おきくらいに温泉へ浸かって、それでも麻雀を続けた。

二日目に入ると、かなり差がついてきて、もうこれまでということになった。このときにも、かなりの肩こりがあったが、温泉ですっかり大丈夫になり、二日くらいの徹夜はものともしない、という根性がこのときできたように思う。

このときは、湯あたりはしなかったな。ボヘミアン時代の懐かしい思い出である。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。