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2006/10/21

街行く人びと

もう1本の原稿が9割がた進んだので、ご褒美というわけにはいかないとしても、息抜きくらいに外へ出ても良いだろうという気分になった。

妻の誘いにのって、マリー=クレール・アランのオルガン演奏会へいそいそと出かける。アランの長兄の作曲した小曲集が良かった。原稿書きですっかり凝り固まった頭のなかが、浄化されていくのを感じる。途中、眠気に襲われるが、上質な音楽ほど、眠りに誘う効果があると思う。自然の条理に素直に従うのも、音楽会の楽しいところだ。

バッハの「トッカータとフーガ」を久しぶりに聴いたが、迫力と正確さが目立った演奏だった。とくに力が入っていたように感じた。アランは、傘寿というから、80歳であり、なおかつこの迫力だ。最近、80歳に圧倒されることが多いなあ。

懐かしかったのは、バッハのコラール前奏曲「主よ、人の望みの喜びよ」だ。結婚式のときに頼んで弾いてもらった曲なのだ。かつては、知っている曲を聴くのを避けていたが、この歳になると、繰り返して何回も聴くことが楽しくなった。身体に浸透してくるのを覚える。歳を重ねることの良さと表現しておくことにしよう。

帰り道は桜木町の野毛を通った。この道筋には、JRAがあって、土日は特に混雑が激しい。

普段ネクタイをして、四角四面の顔つきをしているような男性が、ノーネクタイで晴れ晴れとした顔をしているのを見るのは、たとえ競馬の帰りであろうと、良いものである。けれども、どう見ても、今流行りの格差社会の見本みたいな人が、気の抜けたような風体をして、テレビ画面に見入っているのを眺めると、ああこの十年はなんだったのだ、という気分になって、あまり良いものではない。

音楽会が終わって、瀟洒なみなとみらいホールを出て、パン・パシフィックホテルを眺め、駅を越える。なんか、桜木町駅の向こう側とこちら側とでは、年収差○○○万円じゃない、と妻が言う。その通りだとしても、失礼な。

野毛の街は、それでも好きな街のひとつだ。相変わらず猥雑で、新旧どころか、新旧新、あるいは旧新旧が入り交じっている。「文字亭」という看板が見える。提灯やのれんなどをつくっている店だ。そうかと思えば、向かいには、落語の「にぎわい座」があって、通りすがりの人たちが、必ず気になって、今日の出し物を覗いていく。そして並びには、外までテーブルを張り出したバーガー屋さんが店を構えている。

ここからは、いつも行くジャズ喫茶「ダウンビート」は残念ながらビルの陰になって見えない。このつぎ通るときには、余裕をもって、来ることにしよう。街歩く人びとの顔を見ている内に、元気づけられる思いがする。書きかけの原稿を、明日には提出できることを願っている。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。