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2006/10/30

トマス・H・クックのミステリー

日曜日の朝日新聞書評欄で、池上冬樹氏が、トマス・H・クック『緋色の迷宮』を取り上げていた。「クックを知らない人は小説ファンではない」さらに「クックを読まずして現代小説を語ることはできない」とまで、言っていた。

同感である。よくぞ言ってくれたと思う。わたしはミステリーはほとんど読まないが、唯一このトマス・H・クックだけは、すべての邦訳作品を読んでいる。

じつは、初期の作品を同じ中学校を出て、高校も同じだった、S君が訳していたことから手に取るようになったのだが、それ以来ずっと出版されるとすぐ読んできた。

池上氏が指摘するように、「巧緻な仕掛け、堅牢なプロット」が魅力である。小さな人間関係に対して、いつもちょっとした事件が起こり、小説が展開していく。たいがいは謎に包まれて進むのだが、つながり・文脈が途切れない。

今回の作品のなかでは、次のような表現も洒落ていた。「<疑惑は酸のようなものだ>ということをわたしは知っている。それはふれるものをなにもかも腐食させる。物事の滑らかな、きらきら光る表面にくい込んで、拭いがたい痕跡を残す」というように、ぐいぐいと物語が進んでいく。

池上氏の指摘のなかでも、みごとにトマス・H・クックを言い当てているのは、次の部分である。

「とはいえ、正直言って、辛く哀しい小説である。読後感は苦く厳しいけれど、それでも随所で語られる諦観は人生の真実を照らし、絶望感を抱く者には何がしかの慰謝を与えるし、幸福と思い込む者にはいずれ訪れる絶望のレッスンになる」と指摘している。「絶望のレッスン」というのは、気に入った。クックの描く諦観は、静かで根底的なものを連想させるのだ。

池上氏のように、「クックを読め!」などとは到底言えないが、「誰にでも偏見は在るけれど、僕の偏見を一つだけ言わせていただくならば・・・」というくらいの偏見を披露する気にさせるのが、クック作品である。クックを読め!と言っているようなものかもしれないが。

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コメント

はじめまして!
トマス・H・クックはこの『緋色の迷宮』をはじめて読みましたが、一気に最後まで読ませてしまう小説ですね。
私も池上冬樹さんの書評が頭にひっかかっていて読みました。
(なんて書いていたかは忘れかけていましたが)
私は最近はS・J・ローザンが好きで訳が出ると即買ってます。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。