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2006/09/10

気分転換

原稿を書いていて、どのような気分転換を行うかは、内容に大いに影響を与えてしまう。

ふつう、ほかの本を読むのがわたしの習慣になっていて、つい近くに積み上げられている本を手当たり次第に読み始めてしまうのだ。それで、何冊読んだのかもわからないほどになって、目がとろんとしてくる状態になる。そのとき、たまたま読んだ本の影響で、ちょっとした単語や成句が原稿に現れる場合が意外に多い。

また、このような忙しい読み方をしているときのほうが、頭が働いているような錯覚を感じてしまう。もちろん、注意力散漫になっているので、細かいところは大概覚えているはずがない。けれども、話の骨格を覚えているのが、いくつかあって、原稿が終わったときに、その思い出とともによみがえってくるから不思議である。

哲学者のヴィトゲンシュタイン流の「シャワーを浴びるように、映画を見る」のも、気分転換にはかなりいい。かれは、おそらくB級映画のあまり意味のないものを好んで見たと思われる。この場合、わざわざ映画を見に行くのではなく、仕事場の近くにあって、仕事帰りにちょっと寄るというのが、精神的な解放を得て、たいへんいい。この方法は、幕張で実践中である。

さて、今回は、これまでとまったく違う試みをしてみた。おそらく、複雑な要因が絡むので、気分転換としてはかなりの冒険である。

近くに気楽に入れる寿司屋があって、息子とカウンターで食事をし、雑談を楽しんできた。どのくらい気楽かというと、隣の席は最初空いていたのだが、ここいいですか、と近所の商店主らしいおばさんがひとりできて、あっという間に6皿を平らげて、握り職人としゃべりながら、ご満悦の顔を見せていた、というくらい気楽な店なのだ。

勘定が気になったり、長居出来そうもなかったりすると、話していても気分転換にならないが、ビールを飲みながら、ほろ酔い気分で原稿のことをしばし忘れる、というのは、良い試みだった。

本を読んでしまうと直接的な影響が残ってしまうが、この方法だと、間接的な影響はあるかもしれないが、あとにほとんど残らないのだ。シャワー効果抜群であった。だた難点は、相手のある気分転換なので、こちらの都合ばかりでは、うまくいかないということだろう。

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