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2006/08/19

松阪と本居宣長

三重県に来たのは、三回目だ。これまでは通りすぎるだけであった。じっくりと一日歩いてみようと思った。

わたしの放送講義で、何回も使わせてもらった松阪商人、とくに三井高利ゆかりの地を見ずして帰ることはできないではないか。また、「本居宣長」がなぜこの地で成立したのかについて、ほんのすこしは理解できるかもしれないという目論見である。Photo_8

本居宣長記念館に移築されていた「鈴屋」と母屋は洗練された建築物だった。宣長という人は、幼いときから自分の業績を、自分でも見て確認することができ、さらに他人にも視覚的に見せることを意識して、形成してきたのではないだろうか。などと思わせるほど、洗練されたものしか残していない。

そのことは、記念館の業績群、とくにノートなどにも現れていたが、それ以上に生活の場である家を見ればそのことはわかる。商家の伝統を受け継いだと思われるような、他者を意識した工夫が見られた。表の接待用の座敷と、ほんとうの奥座敷とが用意されていて、さらに鈴屋という仕事部屋が二階に別世界として配置されている。家がひとつの小宇宙を保っている。(各部屋に鈴が配置され、音の小宇宙も家のなかに造られていて興味深い)

Photo_9 記念館の収納物では、10歳代に書いた「架空の藩」の地図が面白かった。一種のユートピアを空想していたのだ。それと、おびただしい書簡集は、人間関係の緊密性と日本全国とのネットワークの広さとを現わしている。なかに、質問票形式の書簡があり、質問を書き込んで、回答部分を空けてある書簡は、どこかの大学の通信問題に似ているなあ。

そのあと、記念館の建てられている「松阪城跡地」、そして当時から現代まで栄えてきている豪商「長谷川家」、「小津家」や、三井家の門などを見て回った。これらの商人発行の「御為替組の藩札」「三井の藩札」なども展示されていた。そう言えば、伊勢は日本紙幣の発祥地でもあったことを思い出した。

松阪という場所の凄いところは、松阪商人の「商業の世界」、蒲生氏の「政治の世界」、本居宣長の「学問の世界」、そして近辺には、伊勢という「宗教の世界」がすべて揃っているという点である。それぞれが決してバランスよく発達しているわけではないが、江戸時代にあって、世界的にみても決して遜色ない世界を作り上げていたところが素晴らしい。

むしろ松阪はなぜ「名古屋」にならなかったのか、さらに世界の「江戸」にはならなかったのか、という疑問を持っても、不思議ではないほど、すべてにおいて異様な繁栄を見せていたと思われる。Photo_10

お城の隣にある城番屋敷の近くで、一軒家レストランを見つけたので、ランチを食べた。ほとんど観光客で、元気の良いのは女性客だ。男性客はわたしただ一人だけだったのは淋しかった。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。