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2006/08/10

八面大王と田村麻呂という伝説

朝起きて散歩をしていると、猿の家族が道を横切っていくのが見えた。近くのリンゴ園を荒らした帰りらしい。列の最後を走っていく小猿のユーモラスな走りは印象的だ。ひょっと岩の上をみると、見るからに大柄な猿が、あたりを抜け目なく見渡して監視しているのに気づいた。

O市のGという山あいの村落には、「八面大王と田村麻呂」という伝説がある。ここに出てくる人間関係は、8世紀の話にもかかわらず、きわめて現代的だ。Photo_1

猿丸大王と異名をとることから推測されるように、たぶん桃太郎伝説の鬼に相当するような、猿の集団をかれは統率していたのではないかと思われる。猿たちは、現代においてもそうであるように、村人たちの収穫を狙って、たびたび現れ、悪さをするのだ。

伝説では、村人たちが八面大王の退治を、ちょうど通りかかった坂上田村麻呂(蝦夷征伐で名高いあの田村麻呂である)に依頼する。昔からある田村麻呂伝説のひとつである。田村麻呂は、自らの軍団を率いて、難攻不落の渓谷要塞を攻めることになる。ところが、大王は手強くて、なかなか攻略できない。それどころか、田村麻呂はかなりの軍団を失う羽目に陥る。

ここで登場するのが、なぜか京都清水寺の観音さまであり、ほんとうに秀逸な比喩だと思われる。田村麻呂が京都の方角を向いて祈ると、観音様が現れて、ご託宣を述べる。つぎの攻撃のときに、もし危機に陥ったら、わたしに祈りなさい。それでも適わない場合には、村人たちにも一緒に祈るように伝えなさい、と。

そのとおり、田村麻呂は八面大王との最後の決戦で、危機に陥るが、村人たちと心を通じ合い、一致して観音様に祈ったために、大願成就される。八面大王を完璧に退治することができたとさ。めでたし、めでたしという内容である。

ここで、村人は「依頼人(プリンンシパル)」であり、田村麻呂は「代理人(エージェント)」である。通常、現代の取引関係には、これら依頼人と代理人の間に亀裂が生ずることで、両者の関係はうまくいかなくなる。依頼人は頼んだことで責任を逃れ、代理人は本来自分の仕事ではないことを理由にして、同じく責任を逃れようとする。このため、人びとは頽廃してしまう。たとえば、株主と経営者との関係は典型である。

ところが、ここで第三者が仲介することで、両者の一致団結が確保されれば、この取引関係は良好な傾向は転換することができる、ということである。

ここが、桃太郎伝説や金太郎伝説の鬼退治と異なる点である。ヒーロー伝説でも、きわめて現代的なヒーローの話であり、ヒーローはむしろ観音様であるというところがみそである。

Photo_2 あるいは、映画「7人の侍」と比べても面白いかもしれない。最後に、依頼人こそ主役である、という落ちがあったが、これも単にヒーロー伝説をひっくり返したに過ぎない。それに比べて、第三のヒーローが存在する、というモデルであり、たいへん興味深い観点を提供していると思われる。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。