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2006/08/22

KYの謎

母の家に妹が来て、久し振りに話をした。「KYの謎はどうなった?」と質問された。

以前から、共通の話題として、前衛芸術家のKYさんのことで、疑問を持ち続けているのだ。その疑問とは、もしかしたら、妹もわたしもKYさんに絵画を習っていたことがあるのではないか、というものなのだ。そのことで今後の人生が変わって、前衛芸術家になろうなどと恐れ多いことは、当然ながら考えていないのだが、もし習っていたら、面白いなという不謹慎な動機なのである。

これまでも何回か、KYさんの展覧会を鑑賞する機会があり、説明の年譜をみる060_1 と、どうやらわたしの幼稚園時代と同じ時代に、長野県松本市に住んでいたことがあるらしい。わたしの通っていた幼稚園S研究会は、そのころ(すでに半世紀前だが)として先進的で、バイオリンや絵画や英語などの教室が併設されていたのだ。(右の作品は、以下からの引用
http://www.yayoi-kusama.jp/i_comm/i_inf/06/0607/060.jpg )

そして、わたしはそこで、K先生という同名の先生から絵を習っていた。K先生にはときどき美人の若い先生が付いていた。この若い先生に、KYさんの目が似ているように思えるのだ。どうゆうわけか、ほかの特徴は半世紀もたっているので、想像すべくもなく、かなり印象が違っていて、そこで妹といつも論争になるのだ。

母の友人にAさんという方がいて、その方に寄れば、当時からKYさんは変わった方で、松本市で有名な存在だったとして、確かにそのS研究会へ顔を出していたとおっしゃるのだ。そして、その後故郷を離れ、アメリカで名を挙げることになったと。

けれども、うちに残っている当時の写真を見ると、どう見ても、目以外は別人のように見えるし、またKYさんの母親が、絵の先生を主宰していたという説明は、これまで読んだことがない。

さて、二人で話していて、写真を見ているだけではどうしようもないのだけれど、結局のところ二人とも楽しんでいるのだ。疑問が晴れても、何も変わらないことはわかっている。それより、いつもあのころはあーだった、こーだったといって、話題のひとつとして残しておいたほうが良いのだ。

それに、もしKYさんの弟子だったとわかってしまったら、不肖の弟子ということになって、どのように申し開きできるのだろうか。申し開きする必要もないし、そんなことをKYさんも望んでいないことはわかりつつも、前衛がわかれば良いのだろうか、こころだけ前衛たれば、それで許してもらえるものだろうか、とまだまだ煩悶の日々が続くことを、じつは喜んでいるのだ。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。