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2006/07/24

切符の紛失

JRの切符をなくしてしまった。

たしかにポケットに入れたと思ったのだが、やはり無いのだ。このところ、スイカ・カードに慣れていたので、つい油断してしまった。

すこし前から、兆候はあった。切符の紛失は、わたしの場合、健忘症の前触れである。その間の記憶が途切れるのだ。思い出そうとしても、まったく覚えていない。

多くは、他のことを考えていて、忘れる。たとえば、電車に乗る前に、思い出したことがあって、考えたりすると駄目である。あるいは、鉛筆を片手に、メモ帳を取り出して・・・などと、同時にほかのことをやろうとすると、その間完全に記憶が途絶えるのだ。

この程度のことなら、二つのことを同時にやっても、両方ともうまくいくだろうと思うが、やはり柔軟性が足りなくなってきているらしい。

今日のところは、仕方がないので、駅員の方に相談すると、親切な方で探してくれるという。自動改札機のところならば、あとの人が届ける場合があるらしい。切符に磁気がついているのだから、どうにかなるのだろうか。けれども、こんな悠長なことを頼んでも、ほんとうに良いのだろうか。

頼んでおいて、申し訳ないけれど、すこし心配になった。都会で、何百万人の人が利用する駅で、このような客が多くなったらどうするのだろうか。今後、高齢化社会では、わたしのような客は多くなるに違いない。(ポスターが貼ってあって、切符は無くさないように、と呼びかけている)

さて、問題は今日のわたしの場合なのだが、じっさい期待はあったにしても、見つかるわけがない。結局、どうすれば良いのだろうか。今回だけは、正直に申し出たので、信用していただいき、情状酌量で無罪放免となった。

じつは、公式に処理するなら、全部の区間分の三倍の料金を支払わなければならないらしい(ほんとだろうか)。ところが、無くしたのは最悪なことに、東海道線である。全部の区間といったら、終点は関を越えたはるか彼方ということになる。ほんとうに、危ないところであった。

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今日は:{/kaeru_fine/} タイトル・・・・・ よく言ったもので・・・・・{/hiyo_shock1/} 最後の最後にオマケ(?)的にやっちまったことがあるんですよねぇ・・・・ ていうかねぇ、こういう失敗はわたしにはありえないはずなのに{/face_gaan/} いや、どんくさいところも、お馬鹿なところもご他聞にもれずあるんですけど、神経質な部分でもあるので、これはないやろ... [続きを読む]

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。