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2006/07/01

自然の力

散歩をしていたら、ご近所の家の塀をはるか越えて、木槿(むくげ)が伸びているのが見えた。

しまった!いつのまに、そんな季節になっていたのか。さっそく、家に帰ると剪定ばさみをもって、庭へ出る。

家の北には、白い木槿の木があり、こちらは玄関の近くなので、頻繁に剪定をする。もちろん、頻繁と行っても、ご近所のなかでは最も怠惰であることは間違いない。

英国に研究留学した家族の方の話を聞くと、近所の方から絶えず芝を刈ったか、というチェックを受けるそうだ。さすがに、わがご近所には、そんな差し出がましい方はお住みになっていないが、わたしが手入れをあまりしてないことは、かなり有名であると思われる。自慢するわけでないが。

問題は、南にある八重の木槿である。日当たりが良い分だけ、伸びるスピードもなかなかなもので、ちょっと目を離すと3メートルは優に超えてしまう。さらに、今年は悪いことに、朝顔の蔓がずっと上まで絡みつき、木槿の木から樋を伝って、家の屋根にまで達しているではないか。

妻には、もうすこし前に切っていれば、花のつぼみも無駄にしなかったのに、と言われてしまった。そこで、助言を尊重して、もうじき咲く花をすこし残して、横に広がった木枝の部分を中心にして、ばっさばっさと整理した。

ちょうど、お隣のご主人が草取りをしていて、向こう側に落ちた枝を拾って処分してくださった。境界線上にある木々は、いろんな影響を及していることを認識させられた。

さて、経済学の重農主義学派によれば、自然は生産的だ、ということになるが、果たしてこの木槿の場合も、生産的といえるだろうか。こんなに時間をかけて手入れをしなければならないのは、むしろ非生産的なのではないかと考えてしまう。

もちろん、正解は、「自然それ自体は生産的か否かは決定しない、決定するのは受け止める人間の側である」ということだろう。木槿が可愛い花をつけてくれれば、剪定した甲斐があるというものだ。

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プロフィール

  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。