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2006/07/17

「強さ」と「弱さ」の逆転現象

上野の文化会館小ホールで催された「大野徹也テノールリサイタル」に行ってきた。神奈川学習センター時代にお世話になったEさんのご招待である。Eさんは大野氏のお姉さんに当たる。

リサイタルはたいへん楽しんで聴かせていただいた。生の歌声がバーンと迫ってくる感動的な体験は、ホールに来て聴いてみないとわからないと思う。たとえわたしのように歌の内容がわからずとも、雰囲気さえ理解するなら、「楽器としての声」を楽しむことができる。

なかでも、迫力を感じたのは「マクベス」の「ああ、父の手」。強弱の声の綾を感じたのは、ワーグナーの「ローエングリン」からの「遥かな国」。懐かしさと不思議さを感じたのは「日本の歌」なかでも、初演の「初恋」では物語性が楽しめた。

そして、観客サービスとして「夏の思い出」をみんなで歌い、最後には恒例の「オーソレミオ」で締めくくった。はじめは孤独な聴取者として始まり、歌が進むにつれて、観客間の連帯感が生まれてくるような演奏会であった。

さて、演奏会を鑑賞している最中に、すこし不謹慎であったが、聴かせていただきながら、やはり音楽が作用する「人と人の結びつき」について考えてしまった。

感動が人びとを結びつける効果を、ここでは「感情作用」と呼んでおきたい。とくに「社会における感情作用」は、じつに不思議な作用を及ぼす性質を持っている。あるときには、状況を強化するかと思えば、あるときには状況を逆転させてしまう。

演奏会へはふつう二、三人の連れで参加するのが多い。(神奈川学習センターでお世話になったHさんにも久しぶりにお会いした。)通の人は一人で行くかもしれないが、それは例外的なものである。家族連れや友人同士が、それぞれ固まって座席し鑑賞している。おそらく、音楽は途中の会話などを通じて、小集団の凝縮性を高める効果があるのだ。

ところが、歌を聴いているうちに、親密さが浸透し、この歌を媒介として、この小集団よりも直接歌手や演奏家と結びつくという作用が、次第に表に現れてくることがある。

感情というものが、小さな共感から大きな共感へ広がっていく現象が見られる場合がある。いつも起こるわけではないが、感動が深い場合に限って、共感の広がりは強く人びとのネットワークを小さなものから大きなものへ転換させるのだ。

今回のリサイタルでは、このような経験をさせていただいた。そのあと、上野の街へ繰り出し、Eさんを囲んで、放送大学のU先生とI先生と、今度は小さなネットワークを固めることに勤しんだ。楽しい一日であった。

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  • 坂井素思
    放送大学教員で、社会経済学領域を研究しています。