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2006/06/19

夜の講義(A Class After Dark)

たそがれのなかで、そのガラス窓だけがボウと輝いている。なかを覗くと、席はちらほらしか埋まっておらず、先生の声だけが聞こえてくる。

夜の講義というのは、夜の仕事と比べると、格段に良い音の響きを持っていて、豊かな感じがするという感覚は、ことによると、わたしだけのものかもしれない。じっさいは、夜学という音の響きのように、苦学を象徴する時代もあった。今日、むしろ昼の仕事と、夜の余暇とは、生活の当たり前の過ごし方だ。

仕事が終わって、ちょっと背伸びをしたいという感覚で授業が継続できたら、素晴らしいことだと思う。けれども、ほんとうのところ、学生からは、今日は出張で欠席しますとか、体調が悪いので出られませんとか、という届けが頻繁に届くところをみると、仕事のあとの授業はかなりきついと思われる。二つの仕事を持つのか、仕事と余暇と二つの活動を持つのかは、人によって異なるだろうが、いずれにしても二重生活は、現代人の習慣になっている。

仕事のあと、頭のなかを整えておこうか、という位に気楽に授業に出てくれれば、柔軟な質問や、準備の要らない受け応えができ、楽しい時間を創造することが出来るであろうに。労働のあと、身体を解き放つと同時に、頭のなかも解き放たれれば、明日の仕事も調子よく始められるであろう。

夜の講義では、たそがれが現実を覆ってくれ、想念だけが真っ暗な空に解き放たれる。このことが可能なのは、やはりアフター・ダークという時空間なのだ。一日のうち、二つ目の活動を行っているという感覚が、現実に縛られている自分を、自由な空間に羽ばたかせてくれる。わたしはかなり若いときから、そんな「夜の講義」が好きだ。

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